人事制度
2025.10.25

数字は出している。締切も守っている。それなのに、評価はいつも同じところに落ち着く。そういう状態にある方は、少なくありません。
これは、要領よく立ち回る人が得をしているから、とは限りません。
評価は、仕事の量で決まるのではなく、判断する人が持っている材料の量で決まります。見ていないものを評価できる人はいません。つまり、足りていないのは努力ではなく、材料の受け渡しです。そしてこれは、媚びることとは別の話です。
研修の休憩時間に、30代の方から聞かれることがあります。
「実務ではこちらのほうが数字を出しているのに、あの人が先に係長になりました。どう納得すればいいですか」。
その方の話を聞いていくと、たしかに成果は出ています。ところが、その成果を上司がどう説明しているかを尋ねると、答えが出てきません。上司の口から自分の仕事がどう語られているかを、聞いたことがないのです。
もう一つ、よく出てくる話があります。期末の面談が「特に問題ないです」で終わる、というものです。
何も言われないということは、悪くないのだろうと受け取ります。ただ、これは危うい状態です。良いところも悪いところも言葉になっていないということは、判断する材料が手元にない可能性があります。そして材料がないとき、評価は真ん中に置かれます。
一年かけた仕事が、面談の5分で「特に問題ない」に要約される。この落差が、静かに気力を削っていきます。
ここで、考え方をひとつ変えておきたいところがあります。評価は、能力の順番を決める行為ではありません。判断する人が見えた範囲で、価値を推定する行為です。
上司が現場に出ない職種であれば、現場での働きは見えません。会議に同席しない立場であれば、会議での貢献は見えません。上司が意地悪をしているわけではなく、単に情報が偏っています。
だから、打ち手は「気に入られる」ことではありません。判断の材料を渡すことです。
この2つは、まったく違うものです。前者は相手の感情に働きかけます。後者は事実を届けます。混同すると、やりたくないことをやらされている気分になり、続きません。
昇格していく人を見て、「実務はたいしたことないのに」と感じることがあります。
ただ、その人がやっていることを具体的に挙げていくと、たいてい実在の仕事が出てきます。会議で話がかみ合わなくなったときに要点を言い直す。担当者が決まっていない仕事を拾う。他部署の動きを把握していて、誰に聞けばいいかを知っている。
これらは組織の摩擦を減らす仕事であり、なくなると物事が止まります。評価されること自体に、不当さはありません。
ただし、ここに重要な性質があります。この種の仕事は、その場に居合わせた人にしか見えません。そして同じことが、実務の成果にも起きています。
たとえば、面倒な取引先を一人で引き受けて、大きな問題にならずに収めていたとします。問題が起きなかったので、誰も話題にしません。上司の記憶に残るのは、問題が起きた案件のほうです。静かに収めた仕事ほど、記録に残りにくいという逆転が起きます。
つまり、見えていないのはお互いさまです。相手の貢献も見えていないし、自分の貢献も見えていません。
ここを混同したまま「見せ方」の話を聞くと、たいてい抵抗が出ます。私自身、そうでした。
線を引いておきます。
渡してよいのは、事実です。何をやったか、どう判断したか、次に何をしようとしているか。これは、判断する人が持っていて当然の情報です。渡さないほうが、業務上は不親切とも言えます。
渡すべきでないのは、誇張です。実際より大きく見せる、他人がやった仕事を自分の話として語る、うまくいっていない部分を伏せる。これらは短期的には効きますが、必ず後で回収されます。そして何より、そうやって得た評価は、自分の中で支えになりません。
評価されたいのであって、実態を偽りたいわけではない。 この区別さえついていれば、材料を渡すことに後ろめたさは生じません。
要領よく立ち回る人が得をしているように見える職場でも、その方法を真似する必要はないと私は考えています。抜け道を使って得た結果は、次の局面で使える力になりません。
「〇〇が終わりました」で終わる報告は、事実の伝達です。ここに「この点が課題だったので、次はこうしたいと考えています」を足すと、報告になります。
足すのは一行で十分です。長く書く必要はありません。
私が会社員だった頃、上司に出す資料の最後に「私はこう考えます」の一行を入れるようにした時期がありました。内容が変わったわけではありません。それでも、相談される内容が変わりました。作業の依頼ではなく、判断の前に意見を求められるようになったのです。
考えを持っていなかったわけではなく、書いていなかっただけでした。
完成してから出すと、評価の対象は結果だけになります。途中で一度見せると、考えた過程が相手の中に残ります。
途中で見せることを、仕事ができない証拠だと感じる方がいます。むしろ逆です。判断が必要な分岐点を認識できているからこそ、そこで一度止まれます。
見せ方は簡単です。「この方向で進めていますが、ここだけ確認させてください」。この一言で足ります。
調整した件、拾った雑務、未然に防いだ問題。これらは記録に残りません。残らないので、自分でも忘れます。
月に一度、3行でよいので書き留めておきます。評価面談の前に見返すと、話せることが増えます。話す相手がいなくても、自分がやってきたことの棚卸しになります。
書き出してみると、想像以上に多いことに気づく場合がほとんどです。
3つを続けても、何も変わらない場合があります。そのときは、自分の伝え方ではなく、会社の側を見ます。
確かめる点は3つです。等級ごとに求められる役割が、文書になっているか。評価の面談で、良い点と課題が具体的な言葉で返ってくるか。昇格した人について、理由が説明されているか。
この3つがそろっていない会社では、何を出しても評価は接触の量に近づきます。上司が見える範囲でしか判断できず、その範囲を決めているのが物理的な距離だからです。
これは、個人の努力で動かせる範囲の外にあります。基準を作れるのは、経営者だけです。

そのうえで、この見極めには意味があります。自分の努力が足りないのか、基準がないだけなのか。ここが切り分けられると、消耗の質が変わります。少なくとも、自分を責める理由はなくなります。
1つ目は、この半年の仕事を、数字になるものとならないものに分けて書き出すことです。20分あれば足ります。後者の欄が埋まらない場合は、記憶から消えているだけの可能性があります。
2つ目は、次の報告に一行を足すことです。内容を変える必要はありません。
3つ目は、いま進めている仕事のうち一つを、完成前に一度見せることです。
そのうえで、もう一つ考えておきたいことがあります。いまいる会社が、基準を持っている会社なのかどうかという点です。
限界まで消耗してから場所を移すと、選ぶ基準が「ここから離れたい」だけになります。その状態で決めると、同じ条件の会社を選んでしまうことがあります。まだ考える余力があるうちに、何が足りていないのかを言葉にしておくほうがよいと私は考えています。
なお、個人としての働き方をどう組み立てるかは、拙著『指示待ち人間からの卒業』にまとめています。ぜひご覧ください。
成果を出しているのに評価されないとき、原因は努力の量ではなく、判断材料の受け渡しにあることが多くあります。
報告に一行の考えを足す。終わる前に一度見せる。数字にならない仕事を書き留める。この3つは、媚びることとは違います。事実を渡しているだけです。
それでも変わらないのであれば、見るべきは自分ではなく、会社に基準があるかどうかです。等級の役割、評価の返し方、昇格の説明。この3つがどうなっているかは、無料診断の25の設問で確認できます。今回の内容は、診断の「制度」の項目に対応しています。回答後、すぐに結果が確認できます。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング 代表取締役社長。中小企業診断士、国家資格キャリアコンサルタント。事業会社で人事制度の再設計や業務改善に携わったのち、2021年に独立。中小企業の人材育成と組織づくりを支援しています。
著作『指示待ち人間からの解放〜自ら考えて行動する社員を増やす4つの柱と7つのステップ〜』『指示待ち人間からの卒業〜自ら考えて行動する「自律型人材」になる方法〜』