人事制度
2026.10.7

期待していた社員が辞めた。しかも、一番よく働いていた人だった。経営者の方から、よくお聞きする話です。
辞めた理由は、評価が低かったからではありません。評価に差がつかなかったからです。あるいは、評価には差がついているのに、処遇に差がついていなかったからです。
処遇が同じであれば、最低限で働く人ほど居心地がよくなります。頑張っている人ほど、報われない結果になります。この記事では、その構造と、今週確認できることをお伝えいたします。
退職の意向を伝えに来た社員に、理由を尋ねると、こう返ってくることがあります。
「不満があるわけではないんです。会社にはよくしてもらいました」
本人は本当にそう思っていることが多いと思います。待遇が特別悪かったわけでも、人間関係がこじれたわけでもない。
ただ、その後にこう続くことがあります。
「ただ、この先もこのままなのかなと思って」
ここが肝心なところです。何かが起きたから辞めるのではありません。何も起きないから辞めるのです。
人が処遇に納得できなくなるのは、自分の評価が低いときだとは限りません。
むしろ強く効くのは、他人との差です。
自分は期待以上に働き、問題意識を持って動いてきた。隣の席の同僚は、言われたことだけを淡々とこなしている。それでも、賞与の額はほとんど変わらない。昇給も同じくらい。
このとき、優秀な社員が受け取るメッセージは明確です。この会社では、どちらの働き方を選んでも同じだ。
そして、もうひとつ気づきます。頑張っている分だけ、自分は損をしている。こうして仕事をする意欲、気力がなくなっていくのです。
社員が意欲を失う7つの要因については、社員が指示待ちになる7つの原因|変えるべきは人ではなく環境をご覧ください。
多くの企業では、評価そのものは実施されています。年に1回か2回、シートを書き、面談もしている。
問題は、その結果がどこへ行くかです。評価がAでもBでも、賞与の差は数万円。昇給額はほぼ一律。評価の結果と処遇の間が、つながっていません。
これには理由があります。差をつけると説明が必要になるからです。なぜあの人が高いのかを問われたときに答えられなければ、現場が荒れます。だから差を抑える。経営者の判断としては、理解できます。
しかし、抑えた結果どうなるかというと、時間をかけた評価作業が何にもつながらないまま終わります。そして、差がないことに最も敏感なのは、差をつけられる側ではなく、差がつくはずだった側です。
もうひとつは、基準が見えないことです。
等級が上がる条件、評価が高くなる条件が文章になっていなければ、社員は何をすればよいか分かりません。そして、分からないまま働き続けると、こう思うようになります。
結局、上司との相性で決まっているのではないか。
これは誤解であることが多いのですが、誤解を解く材料が社内にありません。基準が書かれていないからです。
評価が全員3に集まる会社の構造については5段階評価で全員が3に集まる会社の共通点を、等級の作り方については中小企業の等級制度の作り方|役割を言葉にするをご覧ください。



ここからが、この構造の厄介なところです。
差がつかない職場は、全員にとって居心地が悪いわけではありません。最低限の仕事で同じ処遇を得られる人にとっては、むしろ快適です。わざわざ出ていく理由がありません。
一方、期待以上に働いてきた人は、外に出れば評価される可能性があります。実際、転職市場で声がかかるのはこの層です。
つまり、差をつけないという判断は、社員を平等に扱っているようでいて、結果として残ってほしい人から順に流出させる構造を作っています。

そして、この流出はゆっくり進みます。一度に大量に辞めるわけではないので、原因が制度にあるとは気づきにくい。気づくのは、期待していた30代が辞表を持ってきたときです。
制度を作り直す前に、確認できることがあります。今週中にできることを3つ挙げます。
1つ目と2つ目で差が小さければ、原因1がそのまま起きています。評価作業が処遇に届いていないということです。
3つ目で手が止まれば、原因2です。経営が書けないものを、現場の管理職が判断できるはずがありません。
差をどこまで広げるかは、会社の体力によります。一度に大きく変える必要はありません。ただ、差がゼロに近い状態は、評価の労力に見合いません。
なお、等級から賃金まで一体で設計し直す場合、社内だけで進めると今いる人に合わせた形に戻りがちです。弊社がどう関わっているかについては人事制度コンサルティングを、進め方の全体像についてはコンサルティングの進め方をご覧ください。


優秀な社員が辞めるのは、評価が低いからではありません。評価に差がつかないからです。
評価の結果が処遇に届いていない。何をすれば上がるのかが見えていない。この2つがそろうと、最低限で働く人が残り、期待以上に働く人が離れていきます。差をつけないという判断は、公平なようでいて、残ってほしい人から順に失う構造を作ります。
制度全体がなぜ運用されないのかについては、人事制度が形骸化する理由|作って終わりにしないための設計をご覧ください。

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本記事の内容は、拙著『指示待ち人間からの解放』の第1章をもとに再構成したものです。
株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング 代表取締役社長。中小企業診断士、国家資格キャリアコンサルタント。事業会社で人事制度の再設計や業務改善に携わったのち、2021年に独立。中小企業の人材育成と組織づくりを支援しています。
著作『指示待ち人間からの解放〜自ら考えて行動する社員を増やす4つの柱と7つのステップ〜』『指示待ち人間からの卒業〜自ら考えて行動する「自律型人材」になる方法〜』