人材育成
2025.5.17
目次
仕事の説明を丁寧にしても、フィードバックをしても、全く反応が返ってこない。言われたことしかやらず、自分から動こうとしない。面談の場を設けて、こちらが真剣に話しかけても、相手はただ「うんうん」とうなずくだけで、何を考えているのか分からない。
マネージャーとして、丁寧に意図を説明し、背景を語り、改善のためのアドバイスも与えているのに、それがまったく伝わっていないように感じる。リアクションも薄く、言葉を投げかけても手ごたえがない。やがて上司側が疲弊していく、そんなことが現場では頻繁に起きています。
私自身、自律型人材の育成、自ら考えて行動する人を増やすというテーマで数多くの研修やセミナー、講演活動を行ってきました。そこでは、「質問の仕方」「指導のアプローチ」「フィードバックの方法」など、様々な技術的ノウハウをお伝えしてきたつもりです。
ところが、こうした話を聞いた現場のマネージャーの方々から時折、こんな声が返ってきます。
「いや、話は分かるんですけど、うちの部下には響かないんですよ」
「言われたことしかやらないんですよね。こっちが丁寧に説明しても変わらないんです」
その言葉の裏には、「理想は分かるけど、現実のうちのメンバーじゃ無理だよ」と、どこか諦めにも似た空気が漂っています。そして多くのマネージャーが「自分の伝え方が悪いのかもしれない」「質問の仕方がいけなかったのか」と、必要以上に自分を責めてしまうこともあるのです。
ですが、必ずしもそうとは限りません。伝え方の問題ではなく、そもそも「伝えても響かない相手」である可能性が高いのです。だからこそ、ただ伝えるのではなく、「揺さぶりをかけていく」ことが重要になります。
この記事では、「何を言っても響かない」「受け身で自分から動かない」タイプの部下に対して、なぜそうなってしまっているのか、その原因と、どのように対処していけばよいかを詳しく解説していきます。上司としての努力を少しでも報われる形に変えるためのヒントになれば幸いです。
「自ら考えて動いてほしい」という願いは、上司の立場であれば誰しもが抱くものです。ですが、そうした理想の行動に至る前には、超えなければならない壁がいくつもあります。特に、「何を言っても響かない」と言われるような受け身タイプの部下に関しては、いくつか共通する原因があるのです。
まず1つ目の原因は、「内発的動機が枯れている」という点です。
人は行動する際、大きく分けて2つの動機付けで動いています。1つは「外発的動機」。これは、報酬や評価、他人からの承認など、外側からの刺激によって動くもの。そしてもう1つが「内発的動機」です。こちらは、興味関心、使命感、やりがいなど、自分の内側から湧き上がる思いによって行動するものです。
理想的には、「内発的動機」によって自ら進んで動いてくれる状態を目指したいところですが、そもそも何を言っても響かない受け身の人に対しては、これを求めるのは時期尚早です。なぜなら、そういった人たちは、そもそも自分の仕事に対して「意義」「意味」「価値」「興味」を感じていないからです。
言い換えれば、「ただ生活のために、仕方なく働いている」という意識に近いのです。
そのため、自分から積極的に仕事を覚えようとか、成長しようという姿勢が育ちにくく、最低限のことだけをこなす、いわば「省エネモード」で日々の業務を淡々とこなしている。そこに「仕事を通して何を得たいか」という視点は存在していないのです。
その状態のまま、「成長してほしい」「主体的になってほしい」と願っても、それは無理があります。まず本人の仕事の意味や意義を作ることから目指していかないといけません。
2つ目の理由は「自己評価と他者評価にギャップがある」です。つまり、本人は「自分はできている」と思っているけれど、周囲の上司や同僚から見ると「できていない」と感じられている、という状態のことです。
このズレがあると、どれだけ丁寧にフィードバックしても、相手には届きません。なぜなら、本人は「ちゃんとやってるのに、なんでそんなこと言われなきゃいけないの?」という反応をするからです。時には、「むしろ俺に何か文句があるの?」と反発されることすらあります。
自己認識と他者評価に大きな差があるとき、人は素直に耳を傾けることができません。そのため、まずこのギャップを見える化し、認識を一致させる必要があります。
「自分ではよくやっているつもり」でも、客観的にはどう見られているのか。そこを理解してもらわない限り、行動の改善には繋がっていかないのです。
そして3つ目の原因は、「痛みも報酬も見えていない」ということです。
人が行動を起こす根本的な動機には、「痛みを避けること」と「快楽を追及すること」の2つしかありません。これは心理学の基本法則でもあります。
つまり、「嫌なことを避けたい」という動機か、「得をしたい、嬉しいことがある」という動機です。ところが、何を言っても響かない受け身の部下に共通しているのは、このどちらの刺激も職場で得られていないという点です。
たとえば、「上司の指示を無視したところで、別に困ることがない」「誰にも怒られないし、損もしない」。あるいは「頑張ったところで評価されるわけでもないし、特に得することもない」という状態です。
このように、「やっても意味がない」「やらなくても困らない」と思ってしまっているために、行動に移さないのです。言い換えれば、そこに「やる理由」が存在していないということです。
この状態を変えていくには、「やらないと困る」「やれば報われる」という、痛みと報酬の仕組みを設計していく必要があります。
部下が自発的に動くためには、本来であれば「内発的動機づけ」、つまり自分の内側からやる気が湧き上がる状態が理想です。しかし、前述の通り、その状態に一足飛びでたどり着くのは困難です。
そこで重要になるのが、「まずは外発的動機で動かす」というステップです。これは、言い換えれば「最初は仕方なくでいい」「いやいやでも、やってもらう」ということです。
多くの人は、最初から好きで始めたわけではない行動を、繰り返すうちに意味や価値を見出していきます。これは仕事に限らず、生活の中でもよくある話です。
たとえば、掃除が苦手な子どもがいたとします。最初は親に言われるまま、嫌々片付けを始める。しかし、何度も繰り返していくうちに、「部屋が綺麗な状態は気持ちがいい」と気づき、最終的には自分から片付けるようになる。このような変化は、まさに外発的動機から内発的動機へと移行していく過程です。
同じように、仕事においても最初は「言われたからやる」「怒られたくないからやる」でも構いません。仕事で成果が出ることによって、やりがいや達成感を少しずつ感じられるようになっていけば、自発的な行動に切り替わっていく可能性が十分にあるのです。
では、外発的動機をうまく活用して部下に行動を起こしてもらうには、どうすれば良いのでしょうか。まず有効なのは、「損得で動かす」ことです。
たとえば、やらなかった場合にはどんなリスクがあるのか。評価が下がる、昇格が遠のく、ボーナスに影響が出るなど、具体的なデメリットを本人に理解してもらう必要があります。
逆に、やったことで得られるメリットも明確にしておきます。評価が上がる、次のチャンスにつながる、上司や他部署からの信頼を得ることができるなど、ポジティブな報酬を可視化することがポイントです。
たとえ今の時点で本人にとってその仕事に意味が感じられなかったとしても、「損を避けたい」「得をしたい」という本能的な動機があれば、人は行動を起こします。
動かない部下に対しては、こうした損得をわかりやすく示すことがよほど効果的な場合があります。あえて「損をしないように動く」という現実的なアプローチから入っていくことで、徐々に動き出すスイッチを押すことができます。
次に大事になるのが、「自己評価と他者評価のギャップを見せる」ことです。
部下の中には、「自分はうまくやっている」と思い込んでいる人が少なくありません。その状態で上司が改善を促すと、「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだ」と反発されるリスクもあるのです。
このギャップを埋めるには、まず「事実ベースでのフィードバック」が欠かせません。
たとえば、1ヶ月の業務を振り返る面談で、本人に「この1ヶ月、あなたの働きぶりは100点満点中、何点だったと思う?」と自己評価を聞いてみます。仮に「95点です」と答えたとします。
そこで上司が「私は50点だと評価しています」と伝えると、おそらく部下は驚くでしょう。しかしここで重要なのは、「なぜ50点なのか」を感情ではなく、具体的な事実に基づいて説明することです。
「期待していたのはA〜Dの4つの行動ですが、あなたが実際に行ったのはAとCだけでした。BとDが抜けていたため、総合的にはこの点数だと判断しました」というように、客観的な指標で説明していく必要があります。
このように「どこが不足していたのか」「どのような行動を追加すれば高評価になるのか」を具体的に示すことで、本人もようやく現実に気づき、納得感を持って次の行動に移ることができるのです。
理屈や事実を伝えるだけでは、人の心は動きません。ときに効果的なのは、上司自身の「感情」を正直に伝えることです。
これは「I(アイ)メッセージ」とも呼ばれ、自分の気持ちを主語にして相手に伝える方法です。
たとえば、「このままだと、あなたに次のプロジェクトを任せられない」「私は今、本当に不安に思っている」など、率直な感情を言葉にします。
ただし、ここで注意すべきは「感情をぶつける」のではなく、「共有する」というスタンスです。
「お前、なんでこんなこともできないんだ」と怒鳴りつけてしまうと、それはパワハラになります。しかし「私は今、正直このままだとチームが機能しなくなるのではないかと不安です」という言い方であれば、感情を伝えつつ、関係性を壊さずに揺さぶりをかけることができます。
この「感情」の共有によって、相手の心に火がつくことがあります。何を言っても無反応だった部下が、上司の真剣な思いを知った瞬間に変わる、という場面は少なくないのです。
受け身の部下に主体性を育てていくためには、「自分で意思決定をする」という経験を積ませていくことが大切です。いきなりすべてを任せるのではなく、小さな選択から始めていきます。
たとえば「どうしたい?」といった漠然とした質問ではなく、「AとBならどちらを選びますか?」というように、明確な選択肢を用意します。これは「クローズド・クエスチョン」と呼ばれる方法で、思考力に自信のない部下や、経験の浅い部下にも取り組みやすい形です。
小さな二択を自分で決めていくこと。それが「自分の判断で動いた」という実感につながります。はじめは小さな選択でも、繰り返していくことで、徐々に自信と判断力が育っていくのです。
この積み重ねが「言われたことしかできない」状態から「自分の判断で動ける」状態への第一歩になります。
受け身な部下を動かすうえで、もう一つ非常に重要なポイントは、「成果」と「期限」を明確に伝えることです。
「何を、いつまでに、どのような形で仕上げてほしいのか」。ここを具体的に設定しなければ、部下は自分の都合の良いように解釈し、成果も期待通りにはなりません。
たとえば「来週月曜までに、5ページ程度の提案書を作成し、次の4つの要素を含めて提出してください」と、詳細な指示を出します。このように、基準とゴールを明確に伝えることで、部下はやるべきことを正確に理解できます。
最初はこのように「外発的動機」による強制力を用いても構いません。1度でも経験すれば、同じような指示には応用で対応できるようになります。
経験が積み上がれば、次第に指示の度合いを弱めていくことができます。「5ページで書いてね」ではなく「企画案出しておいてね」と抽象的にしても、何を期待されているかを理解して動けるようになるのです。
こうして少しずつ、自ら考え、仮説を立て、成果をつくる流れを教えていく。これが、受け身の部下を「自律型」へと変えていくプロセスです。
このような段階的なアプローチによって、最初は指示待ちだった部下も、やがて自分で仮説を立て、目標を設定し、そこに向かって動けるようになります。
もちろん一朝一夕ではいきません。最初はとにかく「言われた通りにやらせる」。その後、選択させ、期限と成果を示し、徐々に判断の自由度を広げていきます。
このプロセスは「指示型マネジメント」から「支援型マネジメント」への移行とも言えます。重要なのは、「今この人にとってどのフェーズが最適か」を見極め、必要に応じてマネジメントのスタイルを調整することです。
焦らず、粘り強く、部下の行動を導いていくことが、組織の未来を支える人材育成につながります。
理想は「自ら考えて行動できる人材」を育てることです。しかし、現実は「何を言っても響かない」状態の部下も少なくありません。
そんな部下に熱心に語りかけたり、理屈で説得したりしても、元々の動機がない場合は響かないのです。まずは「動かざるを得ない状況」をつくり、正しい行動を取ってもらうところから始める。それが現実的な第一歩です。
そのうえで、損得や評価、フィードバック、選択、期限などの「仕掛け」を組み込んでいくことで、少しずつ自分から動ける人材へと導いていく。これが現代マネージャーの腕の見せ所です。
成功法で動かないなら、周囲から少しずつ外堀を埋めていく。そうした現実的な対応を積み重ねることで、やがては自発的な行動を生み出す人材へと育っていくのです。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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