リーダーシップ
2025.11.28

目次
リーダーとしてチームを率いるとき、最終的にどんな状態を目指すべきでしょうか。理想を言えば、「仕事のほとんどをメンバーに移任してもチームがきちんと回っている状態」が望ましいと私は考えます。
「この仕事、やっておいてね。よろしく。」と一言伝えるだけで物事が前に進んでいくようなチームがつくれたら、それは本当に素晴らしいことでしょう。まさにリーダーとして目指す理想の一つだと言えます。
私自身、一人で完結する仕事だけをしているわけではありません。中小企業診断士として、同業の仲間や後輩たちとチームを組み、プロジェクトに取り組むことがあります。例えば、現在はある設備工事会社の人事制度改定を進めています。
私は過去にも何度か、人事制度改定のプロジェクトを担当した経験があります。その時に培ったノウハウ、使用していた資料などが一通り揃っています。しかし、いま一緒にプロジェクトを進めている他のメンバーは初めての経験です。
その状態で仕事を「委任」するわけにはいきません。最初のうちは「この資料を作ってください」「この部分の設計をお願いします」と、かなり細かく指示を出していきます。
相手が40才を超えているようなベテランであっても、その分野での経験がゼロであれば、初期段階では指示型の関わり方が必要になります。大人だから、年上だからといって、いきなり何でも自力でできるわけではないのです。
しかし、一度でも一緒に取り組めば、それ以降の状況は変わります。プロジェクトを通じて一通りの流れを経験すると、その仕事を次からは自力で進められるようになっていきます。仕事を進めるイメージを自力で描くことができますし、資料やツールなどの「資源」も揃ってきます。
徐々に指示を減らし、任せる範囲を広げていくことができます。こうして段階を踏んでいき、最終的には「委任型」、つまり自分が細かく動かなくてもチームが自律的に動く状態に近づけていくのです。

私は、リーダーシップの最終形態は「委任型」だと考えています。それは、単に自分が楽をしたいからだけではありません。時代の流れが、リーダーが細かく指示を出して管理するスタイルから、メンバーに権限と責任を委ねるスタイルに向かっているからでもあります。その背景には、大きく分けて二つの要因があります。
一つ目は、20世紀型の「経済性至上主義」がもたらした弊害です。とにかく利益を最優先し、やり方は多少目をつぶってでも結果を出せばよい、という発想が企業の中に根強くありました。その結果として、例えば自動車のリコール隠しの問題や、家電メーカーによる粉飾決算の問題など、倫理観の欠如による不祥事がいくつも起きてしまいました。
さらに、道路の街路樹に除草剤を撒いて看板を目立たせるような中古車販売店の事例もありましたが、ここまでくると「さすがにそれはやりすぎだろう」と感じざるを得ません。
背景には、株主資本主義が進んだことで、企業が短期的な利益を強く求められるようになったことがあります。「ROE⚪︎%」といった目標が掲げられると、「長い目で見れば成功するから…」と悠長なことを言っていられなくなり、どうしても「今年の利益」「今期の数字」という発想に偏っていきます。そうやって無理に利益を作ろうとすると、あちこちで歪みが生じ、不祥事や不正につながってしまうのです。
もう一つの要因は、ビジネス環境の変化です。情報処理のスピードが飛躍的に上がり、変化のサイクルもどんどん短くなっている今、昔のように「上が決めて、下が実行する」「指示・命令を受けて、報告・連絡・相談を通してお伺いを立ててから実行する」といったやり方では、状況の変化に追いつけません。現場で起きていることに、スピーディーに、臨機応変に対応しようと思えば、メンバー一人ひとりが自律的に行動できる状態をつくる必要があります。
ただし、自律的に動ければ何をやってもよいというわけではありません。利益だけを追い求めるのではなく、倫理観や持続可能性、社会への影響といった価値も含めて判断していかなければなりません。だからこそ、メンバーが自分の頭で考えながらも、企業としての理念や価値観を踏まえた行動が取れるようなリーダーシップが求められているのです。
こうした背景の中から、いくつもの新しいリーダーシップ理論が提案されてきました。その中でも特に有名なのが「サーバントリーダーシップ」と呼ばれる考え方です。サーバント(servant)とは「召使い」「使用人」といった意味の言葉であり、直訳すれば「リーダーはメンバーに仕える召使いである」という、なかなか衝撃的な表現になります。
「リーダーが召使いなんて、いったいどういうことだ?」と思われるかもしれませんが、この考え方を丁寧にたどっていくと、なるほどと納得できる部分があります。
従来の組織では、リーダーが上にいて、メンバーが下にいるピラミッド型の構造が一般的でした。上位者が決定権を持ち、下位のメンバーが命令に従って動くという、いわゆる「上意下達型」の組織です。
一方、サーバントリーダーシップの発想では、このピラミッドの向きをひっくり返して考えます。上にいるのは現場で働くメンバーであり、その先にはお客様がいます。つまり、組織の最前線でお客様と接しているのはメンバーであり、そこで価値が生まれているという見方です。その下に、メンバーを支える管理職や経営層が位置し、彼らは現場が力を発揮しやすいように支援する立場として描かれます。
この構造から見えてくるのは、「事件は現場で起きている」という考え方です。刑事ドラマ「踊る大捜査線」のセリフの如く、ビジネスもまた会議室ではなく現場で起きることなのです。仕事の問題も、チャンスも、みな現場で生まれます。
にもかかわらず、「本部の指示が出るまで待て」「余計な判断をするな」と現場を縛ってしまうと、スピーディーな対応ができませんし、せっかくの機会を逃してしまいます。現場が自分の判断で「正しい」と思う行動を取れるようにすることが、結果として組織全体のスピードと柔軟性を高めることにつながるのです。

とはいえ、サーバントリーダーシップは「現場にお任せ、好きにやってください」という放任主義ではありません。現場が自由に動くことには大きなメリットがありますが、それが組織の理念や価値観から外れてしまえば、間違った方向に走ってしまう危険もあります。だからこそ、リーダーには別の役割も求められます。
一つは、組織として大切にしている理念や価値観、判断基準をメンバーにしっかりインストールすることです。何を大事にしている組織なのか、どのような基準で「正しい」「間違っている」を判断するのかが共有されていれば、現場での判断が多少バラついても、大きく道を誤る可能性は下がります。逆に、この部分が曖昧なまま権限だけ渡してしまうと、メンバーがそれぞれの価値観で動くことになり、組織としての一体感は失われてしまいます。
もう一つは、指示の度合いを少しずつ弱めながら、メンバーが自分の力で問題を解決できるように育てていくことです。いきなり「明日から全部自分で考えて動いてください」と言っても、多くの場合はうまくいきません。ですから、最初は指示型でしっかりと土台をつくり、その後はコーチング的な関わり方に切り替えていきます。「こうしたらいいよ」と答えを与えるのではなく、「君はどう考える?」「もし自分一人で判断するなら、どうする?」と問いかけ、本人の思考を引き出していくアプローチです。
さらに、サーバントリーダーシップでは、人間関係をとても大切にします。強制や命令だけで人は動きませんし、仮に動いたとしても、心から力を発揮してくれるとは限りません。信頼関係、共感、気づきといった要素を重視し、本人が自分の力を活かしたいと思えるような関わり方をしていくことが重要です。リーダーは前に立って命令する存在ではなく、後ろから支え、メンバーが力を発揮できる環境を整える「下支え役」としての意識を持つことが求められます。
このように、サーバントリーダーシップは、一見すると「リーダーがへりくだっている」ようにも聞こえますが、その本質は、現場とお客様に最も近いメンバーが最大限に力を発揮できるように、リーダーが自らの立ち位置を捉え直すことにあります。ネーミングこそインパクトがありますが、内容をよく見ていくと「言われてみれば、確かにそうだ」と感じられる部分が多い考え方なのです。
サーバントリーダーシップは決して理想論だけの話ではなく、実際に日本企業の中でもこれに類する考え方があった歴史があります。日本で最初に「逆ピラミッド型」の組織図を描いたのはヤマト運輸だと言われています。「一番偉いのは経営者ではない。現場のセールスドライバーだ」として、組織図を従来とは逆に描き、現場を組織の最上位に据えたのです。
宅配業において、お客様と直接接しているのはドライバーです。お客様の困りごとを聞き、荷物の取り扱いや配送スピードに責任を持ち、信頼関係を築いているのもドライバーです。だからこそ、経営者や管理職は「現場が動きやすい環境を整える」ことに徹し、ドライバーが判断しやすいように権限や仕組みを整えていきました。
この考え方に基づき現場が自律的に動くようになれば、最終的にはリーダーは「任せても大丈夫」な状態をつくることができます。そして現場が判断を誤ったときには、必要に応じて軌道修正をすればよく、丸投げでも放任でもありません。
リーダーは「自分がやりたいことをやらせる存在」ではなく、「現場が力を発揮できるように整える存在」へと変わることが、サーバントリーダーシップの最も重要なポイントなのです。

サーバントリーダーシップは、理想を追い求める姿勢を非常に大切にしています。現場が自律的に動き、リーダーは後方から支えるという形は、簡単に実現できるものではありません。ですが、理想像があることで、リーダーは日々の行動を「その理想に近づけるためにはどうすべきか」と問い続けられるようになります。
例えば、メンバーが自分の判断で行動できるようになれば、リーダーは「あとよろしくね」と安心して任せられます。しかし、もし判断を誤った場合には、「それは判断ミスだよ」と正しく指摘し、次に同じ誤りをしないようにサポートすることが重要です。このように、委任と修正のバランスを取りながらメンバーを育てていくことが、リーダーの役割になります。
理想の形を追い続けるからこそ、リーダーとしての視点が磨かれ、判断力や人を見る力も高まっていきます。サーバントリーダーシップは単なる「優しいリーダー」ではなく、「強さと支援の両立」を成し遂げるための考え方なのです。
サーバントリーダーシップと並んで現代で注目されているのが、「オーセンティックリーダーシップ」という概念です。オーセンティック(Authentic)とは「本物の」「真実の」「偽りのない」という意味を持ちます。ここでは、リーダーはまず「倫理的に正しくあること」が求められるとされています。
「成果さえ出せばやり方は問わない」という考え方では、先ほど触れたような不正や不祥事が発生してしまいます。だからこそ、結果だけではなくプロセスが正しいかどうか、倫理的に正しい判断をしているかどうかをリーダー自身が常に問われる時代になっているのです。
また、オーセンティックリーダーシップは「人間として接する姿勢」を重視します。相手はロボットではなく感情を持った人間であり、組織の中での役職に関わらず、1対1の対等な人間として向き合うことで信頼関係が築かれます。「上だから偉い」「下だから従え」という価値観では、健全な関係は生まれません。
部下やメンバーに敬意を持って接することで、強い信頼関係が育まれ、「この人のためなら頑張りたい」という気持ちが生まれます。これが結果として、指示・命令だけでは引き出せない高いパフォーマンスにつながっていきます。

現代ではパワハラ、セクハラなどのハラスメントに対する意識が高まっています。結局のところ、同じ言葉でも「誰が言うか」「どんな人間関係の上で言うか」で受け取られ方が大きく変わります。例えば、魅力的で信頼されている上司から言われると「愛のムチ」と感じられることもありますが、嫌われている上司から同じ言葉を言われると「パワハラだ」と捉えられることもあるのです。
人は非常に主観的な存在であり、コミュニケーションは感情の影響を強く受けます。だからこそ、オーセンティックリーダーシップは「人間関係を丁寧に築くこと」を最重視しています。日頃から誠実に接し、相手の尊厳を尊重しながら関係を積み上げていけば、誤解や衝突は大幅に減っていきます。
逆に、人間関係が壊れている状態で接すると、どれだけ正しいアドバイスをしても「押し付けられた」「否定された」と感じられ、チームの成果にも悪影響が出てしまいます。現代のリーダーに求められるのは、権限による支配ではなく、人として信頼される姿勢なのです。
サーバントリーダーシップとオーセンティックリーダーシップは、どちらも現代のリーダーに求められる大切な考え方です。前者は「現場が力を発揮できるように支えるリーダー像」、後者は「倫理的で誠実な、本物のリーダー像」を示しています。
時代の変化とともに、リーダーにはより高い柔軟性・倫理観・人間理解が求められています。命令や指示だけで人を動かす時代ではなく、信頼関係と価値観の共有によってメンバーが主体的に動くチームづくりが必要です。
そのために、リーダーは自分が前に立つだけでなく、後ろから支え、正しい方向へ導き、メンバーが成長できる環境を整えていくことがとても重要になっています。こうしたリーダーシップこそが、これからの時代に求められる「新しいリーダーの形」だといえるでしょう。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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