マネジメント
2024.9.2
「日本の社会人は勉強しない」というフレーズを、経済メディアなどでよく目にします。この言葉の背景には、日本における従業員教育への投資額が国際的に見て低水準であるという状況があります。経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、日本の従業員一人当たりの教育訓練費は先進国の中でも下位に位置します。この状況を改善すべく、近年では「人的資本経営」や「リスキリング」といった概念が注目を集め、従業員教育が一種のトレンドとなっていると言えるでしょう。
しかし、本当の問題は企業からの教育機会の不足だけではありません。むしろ、社会人自身が自己啓発に積極的でないことが根本的な課題と言えるでしょう。総務省統計局の社会生活基本調査(令和3年度)によれば、職場教育を除いて1年間に何らかの学習や自己啓発を行った人の割合はわずか36.9%に過ぎません。つまり、6割以上の社会人が主体的な学習を行っていないのです。
この数字は、10年前の調査結果と比較してもほぼ変化はありません。テクノロジーの急速な進歩や、グローバル化の加速など、ビジネス環境が劇的に変化している中で、日本の社会人の学習態度があまり変わっていないことは深刻な問題だと考えます。
なぜ多くの社会人が学習をしないのか。その理由の一つとして、「今の力量で十分に勤めを果たせている」という思い込みがあると考えられます。長年の経験や、これまでの成功体験により、目の前の仕事を「こなして」しまえているので、新たな学習の必要性を感じないのかもしれません。
また、日本型の終身雇用や年功序列型賃金も、社会人の学習意欲を低下させる一因となっていると考えられます。「頑張って勉強したとしても、給与や地位に反映されるわけではない」という諦めが、学習へのモチベーションを下げているのです。
さらに、長時間労働の問題も無視できません。厚生労働省の調査によると、日本の労働者の約2割が週60時間以上働いているとされています。このような状況下では、仕事以外の時間に学習する余裕がないと感じる人も少なくないでしょう。
こうした問題意識の低さが、日本の労働生産性の低さ、「失われた30年」と呼ばれる経済低迷の一因となっているといっても過言ではありません。OECDの統計によると、日本の労働生産性(就業1時間当たりGDP)は加盟国中26位と、先進国の中でも低い水準にとどまっています。これは向上心、向学心のなさの現れとも見て取れます。
どんなに一生懸命仕事をしているつもりでも、適切なビジネススキルが伴っていなければ、その仕事は「ブルシット・ジョブ」(クソどうでもいい仕事)に陥る場合があります。ブルシット・ジョブとは、アメリカの人類学者デヴィッド・グレーバーが著書の中で提唱した概念で、社会的仕事の半分以上が実質的に無意味であるという主張です。
ブルシット・ジョブの具体例としては、以下のようなものが挙げられます。
こうした仕事は、見かけ上は忙しく働いているように見えますが、実際には組織や社会に対して付加価値を生み出していません。言わば「仕事ごっこ」をしているにすぎないのです。そして、問題はこのような仕事に従事している本人がその事実には気付かずに、自分では重要な仕事をしていると思い込んでしまっていることです。
能力水準が向上せず、同じ作業を繰り返す中で、徐々に思考停止に陥っていきます。毎日長時間オフィスに籠って懸命に「仕事」をしているはずなのに、成果や成長が芳しくない状況に陥るのです。その結果、「頑張っているのに結果が出ない」という負のループに陥り、モチベーションの低下や燃え尽き症候群(バーンアウト)につながってしまいます。
この負のループから抜け出すためには、自身の仕事の本質的な価値を見直し、真に必要なビジネススキルを獲得する努力が欠かせません。それによって、単なる「作業」ではなく、組織と社会に価値をもたらす、意義ある「仕事」へと転換することができるのです。
かくいう私自身も、20代の頃にブルシット・ジョブに明け暮れていました。人材派遣会社の事務部門で働いていた当時、全国の営業所から様々な営業報告を受け取り、「データマイニング(データ分析の中から有益な情報を発掘すること)」と称して、データ集計と資料作成に明け暮れていました。自分では有益な分析をしているつもりでしたが、今から考えれば、実際には単なるデータ集計の域を出なかったと言えます。
Excel上で営業報告のデータを集計し、ピボットテーブルを使って様々な角度から数字を眺め、グラフを作成していました。そして、そのグラフから「何か」を読み取ろうと必死になっていました。しかし、それは本当の意味でのデータ分析とは言えない代物でした。
有益なデータ分析を行うためには、その前段階として仮説構築が必要です。データ分析は仮説検証の手段に過ぎず、データ分析そのものは業務の目的ではありません。しかし、論理的思考や問題解決能力、仮説思考について何のトレーニングも受けず、独学で「やった気になっている」だけのデータ分析は、ただデータを並び替えて遊んでいるだけに過ぎません。やってもやらなくても、事業のパフォーマンスにはなんら影響を与えることのない、ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)だったのです。
その上、当時私が行っていた「データ分析ごっこ」の大部分は、現在ではAI(人工知能)や自動化ツールに容易に置き換えることができます。自分では高度に知的で創造的な仕事をしているつもりでも、実際には定型的な作業の域を出ない程度のものだったと言えます。
もし当時の私が、ロジカルシンキングやクリティカルシンキング、ビジネス問題解決の基本的な知識があれば、単なるデータ集計ではなく、真の意味でのデータ分析を行い、事業上の重要な意思決定に貢献できていたことでしょう。
業種や職種を問わず、汎用的に発揮する基本的なビジネススキルを身につけることで、現在行っている「作業」の多くを価値ある「仕事」に昇華させることができます。例えば、次のようなスキルが汎用スキルとして求められます。
こうしたスキルを身につけることで、次のような変化が期待できるでしょう。
個人がこのレベルアップを果たすことで、組織全体の競争力も大きく向上します。マッキンゼー&カンパニーの調査によれば、デジタルスキルを持つ従業員の割合が高い企業ほど、収益性や市場価値が高くなります。
ビジネススキルの全体的なレベルを高めることで、社会全体にも大きな影響をもたらすことができます。ブルシット・ジョブを排除し、一人ひとりが真に価値ある仕事に従事することで、日本の労働生産性を向上させ、「失われた30年」から脱却することも期待できます。
世界経済フォーラムの「仕事の未来レポート2020」によると、2025年までに全ての労働者の半数以上が、主要なスキルの再訓練や向上が必要になると予測されています。つまり、ビジネススキルの向上は、個人の競争力を高めるだけでなく、日本経済全体の将来にとっても極めて重要な課題なのです。
日本の労働生産性を高め、経済を活性化させるためには、個々の社会人が自己啓発に積極的に取り組むことが欠かせません。企業から教育機会を提供されるのを待つだけではなく、自ら学び、成長する姿勢を持つことが必要なのです。
ビジネススキルの向上は、個人のキャリア発展だけでなく、組織の成長、そして日本社会全体の発展につながります。
例えば、デジタルスキルの向上は、単に個人の業務効率を上げるだけでなく、企業全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する原動力となります。日本経済団体連合会の調査によると、DXによって2030年までに日本のGDPを130兆円押し上げる可能性があるとされています。つまり、一人ひとりのスキルアップが、日本経済の未来を左右する可能性を秘めているのです。
また、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて、ビジネスと社会的課題解決を両立させる能力も、これからのビジネスパーソンにとっては重要なスキルとなるでしょう。環境問題や社会的不平等などの課題に取り組みながら、企業価値を高める「CSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)」の考え方を実践できる人材が求められているのです。
日々の業務を振り返り、自身のスキルを客観的に評価し、継続的に学習していく。そうした姿勢によって、真の意味で価値ある仕事を生み出し、社会に貢献できる人材となっていきます。
そして、ビジネススキル向上の取り組みは、単なるスキルアップにとどまらず、私たちの働き方や生き方そのものを見つめ直す機会にもなります。効率的に働くスキルを身につけることで、ワークライフバランスの改善にもつながります。結果として、より充実した人生を送ることができ、個人の幸福度を上げることにもつながるのです。私たち一人ひとりが学び続け、成長し続けることが、閉塞感の漂う日本の現状に希望を見出すことにつながるのです。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
神戸・大阪で人材育成・社員教育をお考えの経営者、管理職、人事担当者の方々。下記よりお気軽にお問い合わせください。(全国対応・オンライン対応も可能です)