マネジメント
2025.5.27

職場で文句ばかり言う人がいる。そう感じている経営者の方は、少なくありません。ただ、原因はその人の性格ではありません。
不満が愚痴のまま残るのは、それを改善の声として受け取るしくみが、職場にないからです。受け皿がなければ、本人にどれだけ注意をしても、半年後には同じ言葉が戻ってきます。
研修の休憩時間に、参加者の方から小声で話しかけられることがあります。内容は、たいてい同じです。
「うちの会社、言っても何も変わらないんですよ」
その方は、研修中の発表では当たり障りのないことしか言いませんでした。ところが休憩時間になると、職場の改善点を三つも四つも挙げられます。しかも、どれも的を射ています。工程が重なる時期の人の配置。若手に仕事を教える人が毎回同じであること。見積の様式が部署ごとに違うこと。どれも、経営者の方が知りたいはずの情報です。
同じことが、研修のアンケートでも起きます。設問への回答は一行なのに、最後の自由記述だけが裏面まで続いていることがあります。書く場所がなかったのだと思います。
経営者の方から見れば、この人は「文句の多い社員」に見えているかもしれません。私には、行き場をなくした提案を抱えたまま働いている人に見えます。
不満そのものは、どの職場にもあります。問題は、それが外に出るときの形です。
声を届ける経路があり、届けた結果が返ってくる職場では、不満は提案の形をとります。経路がなく、届けても何も返ってこない職場では、まったく同じ内容が愚痴の形をとります。中身は同じです。形だけが違います。
文句が多いかどうかを決めているのは、社員の資質ではなく、職場の環境です。 そして、その環境を用意できるのは経営者だけです。
不満を口にする背景には、心理的な理由があります。認めてほしいという気持ち。変えられない状況への無力感。悪く見ておいたほうが傷つかずに済むという防衛。どれも人として自然な反応です。
ただ、分析をここで止めてしまうと、打ち手が「本人の意識を変える」しか残りません。これは、最も成功率の低い方法です。本人には、自分が文句を言っているという自覚がないからです。正しいことを言っている、というのが本人の認識です。そこに「後ろ向きだ」と伝えれば、返ってくるのは反発です。
そのうえで、押さえておきたい点が一つあります。この心理のなかで一番強く効いているのは、無力感です。無力感は性格ではありません。経験の積み重ねでできています。
たとえば、ある会社では、現場から出た備品の購入依頼が、決裁の順番待ちで3か月動きませんでした。その間、依頼を出した本人には何の連絡もありません。4か月目に「あれ、どうなりましたか」と聞いたところ、担当者は「そんな話ありましたか」と答えました。悪意はありません。単に、依頼を受け取る先が決まっておらず、途中で消えていただけです。
この経験を2回すれば、3回目に依頼を出す人はいなくなります。そして、その人は備品について文句を言うようになります。言うだけなら、依頼が消えることはないからです。
だから私は、心理の話を入口としては使いますが、結論にはしません。表面的に表れている不平不満や文句は、問題の本質ではないからです。
同じ不満が、提案になるか愚痴になるか。その分かれ目は、次の3つです。
「何かあったら言ってくれ」は、経路ではありません。いつ、誰に、どの場で言えばいいのかが決まっていないからです。
このひと言で機能するのは、社長と社員の距離が近い創業期だけです。社員が数十名を超えると、「言ってくれ」の対象が誰なのかが分からなくなります。直属の上長なのか、部門長なのか、社長に直接なのか。分からないときに人が選ぶのは、いちばん安全な選択肢です。つまり、誰にも言わないことです。
行き先が決まっていない声は、決まっている場所に流れます。休憩室であり、喫煙所であり、現場からの帰りの車の中です。ここで話が通じてしまうことが、一番の問題です。 共感が得られるので、そこで完結してしまいます。
社内の空気が悪くなっているように見えて、実際に起きているのは、会議で扱われるべき議題が、車の中で処理されているという事態です。
そして、その車に同乗しているのは、たいてい職場でいちばん話を聞く社員です。行き先のない声は、断らない人のところへ集まります。聞き役になった社員の側に何が起きているかは、職場の文句や愚痴に疲れたときをご覧ください。

「自分で考えて動け」と言われている一方で、何をどこまで決めていいのかが示されていない職場は、数多くのぼります。
ある設備工事の会社では、現場の工具の置き場を変えるのに、本社の承認が必要になっていました。決まりがあったわけではありません。過去に一度、勝手に変えて叱られた人がいたという話が残っていただけです。以来、誰も動かさなくなりました。
この状態に置かれた人は、動きません。動けば怒られる可能性があり、動かなければ怒られないからです。合理的な判断です。そして、動けない状況が続くと、人は評論を始めます。手が出せない対象については、語ることしかできないからです。
「うちの社員は当事者意識がない」と言われる現象の相当部分は、ここで説明がつきます。当事者になれる範囲が、渡されていないのです。
三つのなかで、最も影響が大きいのがこれです。
提案が採用されないこと自体は、問題ではありません。採否も理由も返ってこないことが問題です。返事がなければ、届いたのかどうかすら分かりません。
改善提案の制度を導入した会社で、よく見る経過があります。最初の月は20件を超える提案が集まります。翌月は8件に減ります。3か月目には1件か2件になり、半年後には誰も出さなくなります。内容が尽きたわけではありません。出した人に、何も返らなかったからです。
このとき現場に残るのは、「やっぱり形だけだった」という結論です。制度を作る前より状態が悪くなります。期待した分の落差が、そのまま不信に変わるためです。
一度目に何かを言ったとき、人は結果を待ちます。二度目に言うときは、前回どうなったかを確かめる気持ちが混じります。そして三度目で、言うのをやめます。
この三回は、長くても半年で終わります。入社1年目の社員が、次の春を迎える前に静かになるのは、このためです。
ここから先は、二つに分かれます。何も言わずに黙る人と、休憩室や社外で言い続ける人です。後者が「文句ばかり言う人」と呼ばれます。
つまり、文句が多い職場と、誰も何も言わない職場は、同じ原因から生まれています。どちらも、声が戻ってこない職場です。静かな職場のほうが健全に見えますが、実態としては一段進んだ状態だと考えたほうが正確です。言う人がまだ残っている職場には、直せる余地があります。
なお、この構造は1on1を導入しても解決しません。話を聞く場を増やしても、聞いた結果が返らなければ、「聞かれるだけ」の場が一つ増えるだけです。むしろ、期待させた分だけ落差が大きくなります。面談の日程だけが埋まり、3か月目には両者とも気が進まなくなる。この経過は、多くの会社で繰り返されています。

声が戻ってくる職場は、たまたまそうなっているわけではありません。4つの柱がそろっています。
文句が多いという現象に対して、直接効くのは3番目です。ただし、3番目だけを整えても長続きしません。
理由は単純です。改善を言い出した人と、黙って言われたことだけをやっていた人が、同じ評価になるからです。それが2年続けば、言い出す人は減ります。しかも減るのは、面倒を引き受ける力のある人からです。残るのは、静かで角が立たない働き方をする人です。組織として、最も失いたくない層から順に静かになっていきます。したがって、順番としては3番から入り、2番でつなぎ止めます。全部を一度にやる必要はありません。一番弱いところから始めるのが現実的です。
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大きな制度に手をつける前に、やれることがあります。
1. 一週間、出てきた声を書き留める
評価も分類もせず、聞こえた不満をそのまま記録します。手帳の1ページで足ります。一週間分を並べると、「人への不満」ではなく「手順や情報の不足」が多いことに気づく場合がほとんどです。あの人がだらしない、という話に見えていたものが、引き継ぎの手順が決まっていない、という話に変わります。
2. 会議の最後の5分を、気づいたことを出す時間にする
出た声は、その場で「誰が」「いつまでに」まで決めます。決まらないものは「保留」と書いて残します。保留と書くだけでも、黙殺とは違う扱いになります。5分で足りないのではないかと言われますが、最初の数回は、むしろ余ります。
3. 前回の声の結果を、次の会議の冒頭で返す
採用、不採用、保留の3つに分け、理由を一行だけ添えます。この3番目を省くと、1番目と2番目は必ず形だけになります。
兵庫県の設備工事業(社員50名)で、この3つから始めたことがあります。
きっかけは、期待していた30代の職長が辞めたことでした。退職の面談で出てきたのは待遇の話ではなく、「言っても通らないので」という一言だったそうです。社長がその言葉を持ち帰ったところから始まりました。
打ち手は、月次の工程会議の最後の5分と、翌月冒頭の5分だけです。新しい制度は作っていません。
最初の2か月、最後の5分は沈黙が続きました。ようやく出てきたのも、工具の置き場と休憩所の自動販売機の話です。社長は物足りなさを感じていましたが、その2件を1か月で実行し、翌月の冒頭で報告しました。3か月目から、工程の段取りと若手の指導担当に関する提案が出るようになりました。
うまくいかなかった点もあります。冒頭の報告を一度飛ばした月があり、その翌月は発言がほぼゼロに戻りました。戻すのに2か月かかっています。返すことをやめた瞬間に、元の状態に戻ります。順番としては、小さく実現可能なものが先に出てくるのが自然であり、それを面倒がらずに片づけられるかどうかが分かれ目になります。
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職場で文句が多いのは、その人の性格の問題ではありません。声の行き先が決まっておらず、決められる範囲が渡されておらず、言った結果が返ってこない。この3つがそろうと、どんな人でも同じ振る舞いになります。
そして、この3つを変えられるのは、現場ではなく経営者です。
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株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング 代表取締役社長。中小企業診断士、国家資格キャリアコンサルタント。事業会社で人事制度の再設計や業務改善に携わったのち、2021年に独立。中小企業の人材育成と組織づくりを支援しています。
著作『指示待ち人間からの解放〜自ら考えて行動する社員を増やす4つの柱と7つのステップ〜』『指示待ち人間からの卒業〜自ら考えて行動する「自律型人材」になる方法〜』