1聞いて10わかる人、10聞かないと10わからない人

最近、ビジネススキル系の研修を担当する際に、毎回のように話していることがあります。それは「抽象度と具体度の調整力」です。論理的思考などの思考モノはもちろん、コミュニケーションやマネジメント系の講座でも、必然的にこの話を用いています。なぜなら、この能力に優れている人は物事の理解力が高く、応用が利き、判断や意思決定を迅速かつ正確に行うことができるからです。加えて、他者とのコミュニケーションにも優れ、限られた時間の中で的確に、効率的に意思疎通を行うことができます。シンプルに言うと「仕事がデキる」のです。

しばしば、頭の良い人は「1聞いて10わかる」と評されます。皆まで言わなくても、話の本質をつかみ、理解することができます。こういう方は、話を全体像から捉え、その本質を素早く見抜くことができます。本質を理解しているので、それを他の場面に応用することもできます。短い時間で効率的に情報伝達ができるため、仕事もスピーディーに進めることができます。

一方、頭の使い方が残念な方は、10聞かないと10わかりません。話の細部を理解しないと全体像を捉えることができないため、必然的に話が長くなります。いつ、どこで、誰が、何を、どのように、、、といった具体的な描写をしないと理解ができず、相手にもその説明を求める上、自分が話す時にも細部から話しはじめます。そのため、コミュニケーションに時間がかかります。また、具体的なレベルでないと理解ができないということは、物事の本質を捉えることができないため、応用が利きません。何かの仕事で経験を得たとしても、同じ状況でなければその経験を活かすことができず、仕事に習熟するためにあらゆるパターンを経験しなければならなくなります。必然的に仕事のパフォーマンスが低くなります。

両者を隔てているのが「抽象度と具体度の調整力」です。

「抽象」と「具体」の違い

そもそも「抽象」と「具体」の違いは何かというと、その概念が保有している「情報量」と指し示す「範囲」の違いです。抽象的と言うのは、その概念が保有している情報量が少なく、指し示す範囲が広いことを指します。一方、具体的と言うのは、その概念が保有している情報量が多く、指し示す範囲が狭いことを指します。

例えば、ある人に「あなたはどこにお住まいですか?」と尋ねたとします。そして、その人が「宇宙です」と答えたとしましょう。

決して間違いではありません。確かに住んでいる場所は「宇宙」の範囲内に収まります。しかし、間違いではないのですが、実際どこに住んでいるのかのイメージがまったくわきません。「宇宙」という概念が示す範囲が広すぎるからです。

会話を続けてみましょう。

「宇宙のどこですか?」「銀河系です。」
「銀河系のどこですか?」「太陽系です。」
「太陽系のどこですか?」「地球です。」
「地球のどこですか?」「アジアです。」
「アジアのどこですか?」「日本です。」
「日本のどこですか?」「東京です。」

この段階まできて、ようやく住んでいる場所のイメージを捉えることができます。

このように、指し示す範囲を狭めていくことを「具体化」と言います。そして、具体的であるということは、情報量が多いということです。なぜ「宇宙」ではピンとこず、「東京」ならイメージできるのかというと、「東京」という概念が持つ位置情報の量が「宇宙」に比べてはるかに多いからです。

しかし、「東京」が示す範囲もまだまだ広いです。23区内なのか、多摩地区なのか。あるいは島部という可能性もあります。さらに具体化していくと、最終的には「○○区△△町xxx」というように住所表記にたどり着きます。つまり、住所は住居に関する位置情報を極限まで具体化した情報だということができるでしょう。

どこまで具体化すれば良いのか

さて、上記の会話において、最初のセリフ「あなたはどこにお住まいですか?」に対しては、どの具体度で回答するのが望ましいのでしょうか。

答えは「話の目的による」です。相手がどのような意図でこの質問をしたのかを察して、適切な具体度に調整して回答するのがベストです。

例えば、何か贈り物をしたいという意図で尋ねたのであれば、住所表記レベルで回答するのが望ましいです。しかし、旅行先などで現地の人と雑談をしている時に交わす会話であれば「東京です」で十分ですし、海外旅行先であれば「日本です」で十分です。ここで詳細な住所まで回答しようものなら、尋ねた相手としても「いや、そこまで聞いていないし」と困惑することになるでしょう。

加えて、相手が保有する知識量を察して、具体度を調整することが親切な場合があります。上記のように、海外旅行先で現地の人と交わす雑談であっても、住居が東京であれば「東京です」と答えても良いかもしれません。東京はグローバルでも上位と呼べる大都市であり、相手が東京という都市を知っている可能性は十分に高いからです。その場合、日本と回答するよりも東京と回答する方が、より的確にイメージを伝えることができます。

もし仮に私がこの場面にいたとしたら「神戸です」と答えることになります。しかし、海外旅行先で相手が神戸を知っている可能性は決して高いとは言えません。神戸と回答したら「神戸ってどこですか?」と尋ねられることが予想されるので、「日本です」と回答することを選ぶでしょう。ただし、それまでの会話の中で、相手が日本に長期間住んだことがあったり、何度も旅行で訪れたりしていたという情報を得ていた場合には、「神戸です」と答える方が適切になる可能性もあります。この場合、相手は日本に関して一定以上の情報量を保有していることが推察されるため、「日本です」と回答したら「日本のどこですか?」と追加質問をされることが予想されるからです。

このように、話の目的や相手の知識量に応じて、抽象度・具体度を調整しながらコミュニケーションを図るのが望ましい姿だと言えます。

抽象化して物事の本質を見抜け

冒頭の話に戻しましょう。「10聞かないと10分からない人」というのは、具体的なレベルでないと物事を理解できない人を指します。上記の例になぞらえれば「住所表記レベルで会話しなければ、物事を伝えたり理解したりできない」ということになります。そのため、コミュニケーションに時間がかかりますし、交わす情報量も多くなるので、こういう人と話をすると疲れてしまいます。

例えば、仕事で部下がミスをして、再発防止にむけた指導をしなければならないといった場面を考えてみましょう。「10聞かないと10分からない人」は具体的に説明しないと理解ができないので、場面設定から手順に至るまでをすべて順序立てて丁寧に説明する必要があります。

本人からそのミスの報告を受ける段階でも、細部をすべて説明しようとされるため、上司側も問題の本質を見抜くまでに時間がかかります。本人は頭の整理がつかないので、時系列で順序立てて話をしないとうまく伝えられず、話を聞いている上司側からすると話の全体像が見えず、核心がどこにあるのかを探りながら話を聞かなければならなくなります。ミスコミュニケーションが起こりやすく、当然、時間もかかります。

この場合、多くは似たようなミスを何度も繰り返し、状況が改善されにくいです。業務内容や状況、相手などが異なると別物として認識してしまうため、「この場合はこう」と一つひとつ具体的なレベルに落とし込んで理解しないと、学んだことを応用することができないのです。

「1聞いて10わかる人」は抽象度と具体度の調整に優れています。仮にミスをしたとしても、いったん自分の頭で考えて、状況を整理してから報告をするので、問題の本質を簡潔に伝えることができます。再発防止に向けて指導する際にも、講ずるべき対策の本質さえ伝えれば、後は本人が咀嚼して具体化し、実践していくことができます。

物事の本質や核心というのは、少ない情報量で多くの範囲に適用できる抽象的な概念です。つまり、本質さえつかんでしまえば、具体的な用途はいくらでも応用を利かせることができるのです。

私たちはいま、環境変化の著しい時代に生きています。情報処理のスピードが速くなっているだけではなく、先行きが不確実であいまい、複雑になっています。そうした環境の中では、知識や経験から得る学びを抽象化して、別の場面で具体的に活用していく能力が求められます。そして、抽象化する力を身につけるためには、日々、考える力を磨くトレーニングを重ねていくことが有効です。

日々の仕事や生活の中おいて、新たな気づき、学び、発見などがあった際に、それを抽象化して本質を見抜き、幅広い場面で活用していけるようにすることが、これからの「生きる力」として求められていくのではないかと私は思います。

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

   

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