長期的に成功する人と、成功しない人の違い


11月に入り、来年4月以降の案件の引き合いが増えてきました。年内はもう9月頃から仕事をお請けできる余裕がなく、お話があってもお断りするしかない状況が続いていたのですが、ようやく次のシーズンが本格的に動き出してきたので、お客様への提案に向けたやり取りが活発になっています。

10月〜11月は研修案件が立て込む時期なので、すでにお請けしている仕事を納品するだけでもかなり手一杯なのですが、それと並行して次年度の提案活動を進めるのはなかなかのハードワーキング。とはいえ、毎年こんな感じで年末までバタバタなので、今年もついにこの時期がやってきなという感じです。

大変ありがたいことに、会社員の頃はもとより、独立してからも既存案件の継続や新規の引き合いが途絶えることがなく、仕事をお断りしなければならない苦しさはあっても、仕事がなくて食うに困るという状況には陥っていません。

独立・起業する方にとって最大の課題であり、事業継続の壁として立ち塞がるのが顧客や案件の確保です。その苦しさに見舞われずに済んでいるのは、ただただ私の仕事を評価していただき、支持していただいている方々のおかげであり、感謝に尽きません。

しかし一方で、仕事がなくて開店休業状態に陥っている方の話をしばしば耳にします。

4年ほど前に「仕事が集まる人、仕事が来ない人」というタイトルで、やり抜く力、チャレンジ精神、プラスαの努力について書きました。それらが必要だという考えに変わりはありませんが、最近はそれにプラスして、仕事が集まるかどうか、さらに言えば長期的に成功し続けられるかどうかの違いを生み出す、決定的な差が別にあると考えています。

それは「出し惜しみをしない」ということです。

情報そのものではなく、伝え方に価値ある

つい先週あった話ですが、ある企業の研修でお声がけいただいたものの、すでに先約が入っていて日程で折り合いがつかず、やむなくお断りをした案件があります。私のコンテンツの中で、ぜひ取り扱って欲しいテーマがあるからとご指名をいただいたものです。

結果として辞退せざるを得なかったわけですが、その際、別の講師に代わりにやってもらうので、コンテンツを提供してくれないかという打診がありました。私は快く承知しました。加えて、その代わりの方が私の資料だけ読んで十分に解説しきれるとも限らないので、併せてレクチャーをして欲しいというご要望がありました。もちろん、それにも快諾をいたしました。

私の提供している価値を受け取りたい方がいて、条件が合わず、自分で提供することができない。お客様のニーズにお応えするために、自分のコンテンツを他の方にお預けする。これを断る理由などありません。

さらに言えば、今の時代ではもはや情報そのものには大した価値はありません。しょせん、私が研修で提供しているレベルの知識や理論などは、インターネットで検索すれば記事や音声、動画などが簡単に手に入ります。独自の研究をして入手した希少性の高い情報であるならまだしも、私が教材として作成したものも、先人が書いたもの、話したものを寄せ集めて編集したものに過ぎません。

オリジナリティがゼロであるわけではありませんし、資料化する際に「自分の色」を加えてはいますが、記載されている内容そのものは、調べればどこかしらで見つけられるようなものばかりです。講師としての力量が問われるのは、情報そのものではありません。そこにどれだけ熱量や娯楽性を加えて、受講している方々の記憶に残るような伝え方ができるかというデリバリースキルにあります。

同じ内容を話しているのに、それが聞いている方の心に響く場合と響かない場合があります。印象に残る場合と残らない場合があります。「何を言うか」以上に、「誰が言うか」が問題なのです。したがって、人様の前に立って話をすることを生業としている以上、それを語るに足るだけの見識、経験、人格を育み続けた上で、伝える力を磨き続けることが欠かせません。

そのように考えれば、情報そのものには大して希少性はなく、必要としている方がいればいくらでも提供して差し上げれば良いという考えに至ります。もちろん、意図しない使われ方をされてしまうリスクもあるので、無闇に拡散するようなことはしませんが、正しく使ってくれそうな方に対してであれば、出し惜しみをする必要なんてありません。

どんどん提供して、使っていただければ良いのです。デキる人を増やして失われた30年から抜け出すのが事業の目的ですし、そのために一人でできることにも限度があります。たとえ他の方の手を介してであったとしても、それによって誰か一人にでも意識や行動の変革が起きて、デキる人になっていただけたら、それが社会を良くすることにつながります。そんなに嬉しいことはないわけです。

与えよ、さらば与えられん

しかし、世の中には、自分の持っているコンテンツや情報を外に出してしまったら自分の仕事がなくなってしまうかもしれないと恐れ、頑なに公開を拒む方がいます。それが独自の研究や調査、発明でないにも関わらずです。

もちろん個人の考え方ですので、否定したり非難したりする道理もありませんが、私の考えではそういう考え方をしている限り、機会や運は遠ざかっていきます。自ら転落の道を歩もうとしているようなものです。

失いたくないから、自分の中にとどめておく。そうして自分の知見やアイデアを殻に閉じ込めておこうとすればするほど、それらは陽の目を見なくなります。つまり、仕事が来なくなるのです。

何かを得るためには、先に何かを手放さねばなりません。これが原則です。自分が新しい知見を得ようと思ったら、すでに得た知見は外部に発信したり、誰かに委ねたりして、他の方が使える状態にする。そうすることで、身軽になった自分の元に新しい知見がやってくるのです。

これはお金でも、人脈でも、仕事でもすべてに同じことが言えます。手放すから、新しいものが入ってくるのです。そうして、再新再生を繰り返すからこそ、人は成長し、レベルアップしていくことができます。

新約聖書の有名な一節として「与えよ、さらば与えられん」という金言があります。まず自らが与える。そうすれば、自分に与えられるのです。

長期的に成功している人は概して気前が良いです。出し惜しみをしません。常に、受け取る価値以上の価値を相手に提供しようとします。提供価値≧受取価値なのです。

  • 金額が安い仕事だから、この程度にしておこう
  • 職位が低い(給料が低い)から、この程度の仕事にしておこう
  • 見返りが期待できないなら、この程度で十分だ

こうした考え方では、運も縁もチャンスもやってこないのです。

無料セミナーで有料級の情報を提供する。単価が低い仕事でも、高い仕事と同じ熱意で臨む。受講者数が少なくても、大ホールでやるのと同じ気合いで臨む。私の仕事に例えると、こんなイメージでしょうか。

たとえ短期的な報酬に見合わなかったとしても、たとえ短期的には損失のように感じるとしても、自分から進んで他人のために何かを与えようとするマインドである限り、それを上回る「次」がやってきます。

むしろ、短期的に損をするくらいのつもりで、出し惜しみせずにどんどん与えていけば良いのです。やがてくる長期的な成功を考えれば、むしろお釣りがくるくらいだとも言えます。

長期的に成功する人と、成功しない人の違い。それは、出し惜しみせずに自ら進んで与えようとする姿勢を保ち続けているかどうかの差であると、私は考えます。

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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投稿者プロフィール

小松 茂樹
中小企業診断士・キャリアコンサルタント。株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング代表取締役。人材派遣会社、健康食品会社を経て、経営コンサルタントに転身。営業力強化・業務改善・生産性向上・ビジネススキル向上など幅広い範囲で、業績向上や人材育成の支援を行っている。理論的な背景と情熱的な語り口を交えた講演スタイルに定評があり、セミナーや研修で高い支持を得ている。

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