人材育成
2026.8.25

人が動くのは、やる気があるからではありません。動かざるを得ないしくみが、そこにあるからです。
やる気は行動の原因ではなく、動き始めた後から芽生えてくるものです。順序が逆になっている限り、育成は個人の意欲頼みになります。この記事では、私自身の失敗を含めて、「しくみとしての外圧」という考え方をお伝えします。
目次
数年前、私は動画配信を始めました。撮影も編集も、画像の作成も、投稿作業も、すべて一人でやっていました。
1年ももちませんでした。
やらなくても誰も困らないので、忙しい週は後回しになります。素人が作った動画ですから、当然ながら品質は低い。見てもらえないので、手応えもない。結果が出ないから楽しくない。楽しくないからやらなくなる。この順で止まりました。
内発的な意欲だけでは続かないということを、私は自分で証明してしまったわけです。
そこで、編集を外部に委託し、月8本という契約を結びました。私が撮らなくても費用は発生します。撮らないと損をする状態を、意図的に作ったのです。
すると、動画を撮るようになりました。本数が増えると、見てもらえるものが出てきます。手応えが出ると、改善そのものが面白くなってきました。きっかけは外からの圧力でしたが、続けるうちに内側から楽しさが出てきたのです。
この体験から言えることは、ひとつです。
行動が先で、やる気は後です。楽しさだけでは始まらず、外圧だけでは続きません。 まず外圧で行動のスイッチを入れ、続けるなかで楽しさが芽生えてくる。この順序で設計する必要があります。
社員が動かないとき、多くの会社は意欲のほうに働きかけようとします。研修で刺激を与える、朝礼で檄を飛ばす、面談で本人の思いを引き出す。しかし、いずれも意欲を先に動かそうとしている点で、順序が逆になっています。
必要なのは、やらざるを得ない状況を設計することです。そして、その状況を用意できるのは経営者だけです。現場の管理職に、報告のしくみそのものを作る権限はありません。

人が動く動機は、2つの軸で整理できます。外から来るか内から湧くか。痛みを避けるか、快さを求めるか。掛け合わせると4つに分かれます。
最終的に目指したいのは、仕事そのものが面白いという状態です。ここに届いた人は、放っておいても動きます。
しかし、いきなりそこには行けません。たいていは「叱られたくない」「困りたくない」という、外から来る痛みの回避から始まります。しぶしぶ動くうちに「やらないと自分の格好がつかない」という段階に移り、「これは必要だ」と頭で納得し、最後に自分の意思として腹に落ちる。デシとライアンの自己決定理論が示している移行の順路です。
歯磨きが分かりやすい例です。生まれつき歯を磨く人はいません。子どもの頃に強制されて始まり、やがて磨かないと気持ちが悪くなり、最後は意識せずに磨いています。外から始まったものが、内側のものに変わっています。
育成もこれと同じ道筋をたどります。最初から内発的な意欲を求めるのは、歯磨きを教えずに「自分から磨きたくなれ」と言うようなものです。
外圧という言葉には、強制や命令の響きがあるかもしれません。しかし私が言う外圧は、それとは違います。
決定的な違いは、断る選択肢が残っているかどうかです。
次世代リーダーの研修に選ばれたとしても、参加しないという選択を残しておく。途中で降りることもできるようにしておく。「仕方ないからやった」という状態になった時点で、その行動は本人のものになりません。
とはいえ、同世代が全員参加しているなかで、自分だけ抜けるのは現実には選びにくい。この状況の設計が、強制ではない外圧の正体です。きっかけは外から与えられたものでも、自分で決めたという事実が残る。だから、その後の行動に主体性が宿ります。
同じ理由で、しくみとしての外圧には3つの条件があります。自分で目標を決めること。長く繰り返すこと。他者の目があること。この3つがそろって初めて、外から始まった行動が内側のものに変わっていきます。
行政向けのシステムを開発する中堅企業で、24週間のプログラムを実施したことがあります。管理職一歩手前の方が対象で、2期あわせて48名が参加しました。
やることは単純です。毎週金曜日に、今週の振り返りと来週の目標を、社内のチャット上に投稿する。それだけを半年間続けます。全員の投稿が全員に見える状態にしてあり、私からも一人ずつコメントを返します。
最初の数週間は、ほとんどの方が未達です。時間がなかった、急な仕事が入った。慣れていないのですから当然です。しかし、毎週「できませんでした」と書き続けるのは、やはり格好がつきません。他の人の目もあります。やらなければ、という感覚が自然と出てきます。
3か月を過ぎたあたりから、報告の中身が変わります。形だけ整えていたものが、自分なりの工夫を含んだものになる。攻めた目標を掲げる人がいると、自分の目標の低さが気になり始める。金曜日の一番乗りを取り合う競争まで生まれます。
なお、習慣化には時間がかかります。負荷のかかる行動なら2、3か月、自分を律する類のものは3か月以上が必要です。だから半年なのです。3日間の研修では、ここには届きません。
その前提については、研修を毎年やっても組織が変わらない理由をご覧ください。

自社に外圧のしくみがどれだけあるかは、10分の無料診断で数値になります。
この考え方は、研修だけのものではありません。自律型人材が育つ環境をつくる4つの柱の、それぞれに組み込めます。
意欲に働きかける施策は、どれも一時的です。しくみは、担当者が代わっても残ります。
4つの柱の全体像は、自律型人材が育つ4つの柱にまとめています。そもそも社員の意欲がどこで削られているかは、社員が指示待ちになる7つの原因をご覧ください。



制度から始める必要はありません。今月から試せることを3つ挙げます。
3つ目を省くと、ただの強制になります。断れる状態にしておいてなお参加した人だけが、自分で決めたという感覚を持てます。
まずは1部門、5人程度で構いません。半年続けて、何が変わったかを見てください。うまくいったら広げる。この順で進めるほうが、全社一斉導入よりも確実に残ります。
なお、研修だけでこれを実現することはできません。研修としくみをどう連動させるかについては、企業研修のご案内をご覧ください。
やる気は行動の原因ではなく、結果として後から出てくるものです。まず外圧で行動を始め、繰り返すうちに内側の意欲が芽生える。この順序で設計するのが、しくみとしての外圧です。強制と違うのは、断る選択肢が残っている点にあります。
自社の育成のしくみがどうなっているかは、内側からは見えにくいものです。人材像・人事制度・マネジメント・人材育成の4分野について、どこが弱いかを10分で数値にする無料診断をご用意しています。今回の内容は、診断の「人材育成」の項目に対応しています。
ご関心のある方は、ぜひお試しください。
本記事の内容は、拙著『指示待ち人間からの解放』の第2章をもとに再構成したものです。
株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング 代表取締役社長。中小企業診断士、国家資格キャリアコンサルタント。事業会社で人事制度の再設計や業務改善に携わったのち、2021年に独立。中小企業の人材育成と組織づくりを支援しています。
著作『指示待ち人間からの解放〜自ら考えて行動する社員を増やす4つの柱と7つのステップ〜』『指示待ち人間からの卒業〜自ら考えて行動する「自律型人材」になる方法〜』