マネジメント
2025.4.29
目次
近年、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉を耳にする機会が増えています。飲食店や小売店、コールセンターなど、接客業の最前線で働く人々の間では、顧客からの暴言・高圧的な態度・過度なクレームが深刻な問題となってきました。ここ数年で社会全体にもこうした声が広がり、「お客様は神様」という旧来の常識にメスを入れる動きが活発になっています。
その代表的な取り組みとして注目されているのが「カスタマーハラスメント防止条例」です。2025年4月1日から東京都や北海道、群馬県などの自治体で施行されるようになり、市町村レベルでも先行して取り入れる地域が増え始めています。中でも三重県桑名市では、悪質なカスハラを行った個人の実名公表が可能になるという、従来にない強い規制を打ち出し話題となりました。
この記事では、カスハラ防止条例の概要や、それが企業経営やサービス業にどのような影響を与えるのかを解説します。さらに「お客様を選ぶ時代」が到来する背景や、今後の社会・ビジネスの在り方についても、詳しく考察していきます。
カスタマーハラスメント防止条例の基本理念は、事業者と顧客が相互に尊重し合い、安全・安心な取引関係を築くことにあります。具体的には、以下のような不当行為を「ハラスメント行為」と定義し、抑止することを目的としています。
多くの自治体が策定中または導入を検討しているカスハラ防止条例には、主に以下のようなポイントが盛り込まれています。
2025年4月時点で、都道府県では東京都・北海道・群馬県などが施行しており、岩手県・栃木県・埼玉県・静岡県・和歌山県なども検討中の段階にあります。市町村レベルでも多くの自治体が検討中で、今後さらに多くの地域で条例が広まる見込みです。企業や店舗にとっては、地域ごとの条例を踏まえたカスハラ対策が必要になっていくでしょう。
条例が制定されるようになった背景としては、カスタマーハラスメントが増加しているという認識が挙げられます。とはいえ、カスハラは近年できた概念であり、過去に起きた件数を測定しているわけではないので、実際に過去と比べて増加していることを立証できるわけではありません。
とはいえ、あくまで感覚的ですが、カスハラが増えてきた印象は否めません。その原因として、次の3つが考えられます。
最大の要因といわれるのが、SNSの普及です。個人がSNS上で自由に情報を発信できるようになり、「悪評を書かれたくなければ○○しろ」といった脅迫まがいの行為が横行しやすくなりました。
かつてはマスコミに取り上げられない限り、個人の声が大量に拡散されることは稀でしたが、現代では一般ユーザーのSNS投稿が一気に炎上する可能性があります。そのため、企業は「不当な要求だ」と感じつつも波風を立てたくない心理から、顧客の無理難題を拒否しづらくなっています。
社会全体で「商品そのもの」という物的価値だけでなく、「サービス」による付加価値が重視される時代になりました。製造業をはじめ、幅広い企業が“顧客満足度向上”を競うようになり、接客やサポート対応が差別化の大きな要因となっています。
その結果、対面・電話・オンライン問わず、顧客と直接やり取りする機会が増えたことで、ハラスメント行為も表面化しやすくなりました。
「失われた30年」という言葉に象徴されるように、日本の経済停滞が長期化しており、個々人の生活や心の余裕が削がれています。加えてコロナ禍以降の不確実性が増す時代背景もあり、些細なことで激怒したり、理不尽な要求を押し通そうとする人が増えていると言われます。
こうした社会の“ギスギス”した空気感が、抵抗できない立場にあるサービス従事者へのハラスメントという形で噴出しやすくなっているのです。
ビジネスは本来、「価値」と「対価」が等しく交換される関係で成り立っています。事業者が提供する商品・サービスに納得すれば顧客は代金を払い、対等な関係が成立するはずです。
ところが日本では長らく「お客様は神様」という言葉が広く信じられ、企業が過度に顧客の意見を優先し、どんな要求にも応じるのが当たり前という風潮がありました。
しかし現代では、この風潮が急速に揺らぎ始めています。カスタマーハラスメント防止条例が社会的に支持を得ている背景には、「高圧的な態度をとる顧客はもはや神様ではない」という共通認識が生まれつつあるからです。
条例の施行によって、事業者が「理不尽な要求を断る」という当然の対応をしやすくなり、「顧客を選別する」という選択肢も現実的になってきました。
お客様を「神様」ではなく、価値交換をする「対等な関係」と位置付けることは、事業者にとって様々なプラスの効果をもたらします。
とはいえ、「理不尽な顧客を断る」ためには、会社にそれだけの余裕が必要です。特に中小企業や零細店舗では、厳しい競争の中で売上を確保することが優先になりがちです。極端な話、「嫌なお客様でもお金を落としてくれるなら…」と受け入れ続ける姿勢に陥りやすいのが現状です。しかしそれでは、従業員が疲弊し、結果的にサービスレベルが低下してしまうリスクも高まります。
お客様と対等な関係を築き、お客様を選べるようになるためには、理不尽な相手に迎合しないで済むように会社を強くすることが欠かせません。
条例や企業の対応が変わるだけでは、カスタマーハラスメント問題は根本的に解決しません。最終的には、「消費者一人ひとりが適切な態度でサービスを受ける」ことが不可欠です。商品・サービスを使わせてもらう側としての最低限のマナー、そしてサービス提供への感謝の気持ちを忘れない姿勢が求められます。
消費者がこのような意識を持つことで、企業側も柔軟かつ誠実に対応しやすくなり、結果的により良い商品やサービスが生まれる循環が生まれます。
人手不足が深刻化しているサービス業界では、スタッフの離職を防ぐことが急務です。カスハラ防止条例の施行によって従業員が守られ、安心して働ける環境が整えば、就労希望者の増加やサービス品質向上にもつながるでしょう。
一方で、条例を武器に一部の“悪質な事業者”が顧客を不当に排除するリスクもゼロではありません。今後、企業側が「これはカスハラだ」と主張しても、実際には顧客の正当な要求だったケースが発生するかもしれません。そうしたトラブルを未然に防ぐためには、客観的な記録の管理・ルール化された対応が欠かせません。
不当なクレームをしない誠実な顧客が大切にされるのはもちろん、企業自身も「顧客満足を超える付加価値」を提供できなければ選ばれなくなります。互いにリスペクトし合い、ウィンウィンの関係が築かれる企業だけが存続し、そうでない企業は淘汰される時代が加速していくと考えられます。
カスタマーハラスメント防止条例は、「お客様は神様」という根強い風潮を見直し、事業者も顧客を選ぶという対等な関係を実現する大きな一歩となります。企業側にとっては、従業員を守りながらも健全な経営を維持するためのしくみ作りが欠かせません。一方、消費者側にも、サービスを当たり前と思わず、適切な態度と感謝の気持ちをもって接する品格が求められます。
これからの時代は、「顧客が事業者を選ぶ」だけでなく、「事業者も顧客を選ぶ」時代へとシフトしていきます。その社会的意義は、スタッフの離職率低減やサービス品質の向上にとどまらず、ビジネス全体の生産性と信頼性を高める効果が期待できます。企業と消費者の双方が自律的に行動し、より豊かな取引文化を育むことで、日本の経済や社会の活性化にもつながるでしょう。
企業経営者・管理部門の方は、早めにカスハラ対策を明確化し、従業員が不当要求を受けた際のマニュアルや相談窓口を整備することが重要です。
また、一般消費者としては、感情的なクレームや過剰要求をするのではなく、サービスを「買う・使う」という日常の行為を改めて見直し、互いに気持ちよく取引できる環境づくりに協力することが望まれます。
誰もが安心して働き、納得のいくサービスを受けられる社会を実現するために、今回のカスタマーハラスメント防止条例施行の動きは大きな意味を持ちます。
今後は条例の適用範囲が広がり、さらに多くの自治体がカスハラ対策を打ち出す可能性が高まるでしょう。ぜひ、あなたのビジネスや日常生活にも直結するこの話題を、今一度しっかりと考えてみてはいかがでしょうか。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
神戸・大阪で人材育成・社員教育をお考えの経営者、管理職、人事担当者の方々。下記よりお気軽にお問い合わせください。(全国対応・オンライン対応も可能です)