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生産性向上

2025.5.20

残業した方が偉いという文化をどう変えるか

残業が美徳とされる企業文化にどう向き合うか

私が現在よくご依頼を受ける研修テーマの中でも、特に人気が高いのが「時間管理」や「業務効率化」など、生産性向上に関する内容です。このテーマには個人的にも思い入れがあり、非常に得意としている分野でもあります。なぜなら、私自身が最初に勤めた人材派遣会社で経験した過酷な長時間労働が、その原点になっているからです。

その会社では、毎月の残業時間が120時間から130時間にものぼるという状態が当たり前でした。今でこそ信じられないかもしれませんが、当時の人材派遣業界はおそらくどこも同じような状況だったと思います。

いや、業界を問わず、日本企業全体に長時間労働が常態化していた時代だったと言えるでしょう。私がその会社を退職する直前の1年間には、経営改革が一気に進み、それまで8人がかりで行っていた業務を2人でこなせるようにするという、徹底した業務削減と効率化が進められました。

その時の変化は、正直、非常に虚しいものでした。「今までの自分たちの努力は何だったのか?」と感じざるを得なかったのです。けれども、この経験があったからこそ、私は「長時間労働には意味がない」という確信を持つに至りました。意味のない仕事をだらだらと時間をかけてこなしても、従業員は消耗するだけですし、会社の経営にもマイナスでしかありません。

理想と現実のギャップ――いまだに残る残業礼賛文化

働き方改革が進み、「時間」ではなく「成果」にフォーカスする動きが少しずつ広まりつつあります。できるだけ無理をせず、長く働き続けられる環境を整えていこうという方向性自体は、社会的にもある程度共有されてきました。しかし実際には、まだまだ現場でその理想が浸透していないことも多くあります。

研修でお会いする受講者の方々からは、こんな声が聞こえてきます。

「小松さんのおっしゃることはよくわかります。正しいと思うんです。でも、うちの会社ではまだまだ、残業した人が偉いという空気なんです。業務効率を上げたり早く帰ろうとすると、『あの人、やる気ないんじゃない?』って言われちゃうんですよ」

正直、未だにそんな会社があるのかと思いたくなる気持ちもあります。けれど、それが現実なのです。このような風土の中では、業務を効率化しようというモチベーションが育ちません。研修で時間管理や業務効率化の手法を伝えても、現場での動機づけがなされていなければ、せっかくのノウハウも定着しないのです。

変化に抵抗する企業体質――うちには合わないという言い訳

私がこのテーマを提案した際、時折企業の人事担当者からこう言われることがあります。

「おっしゃることはわかるんですが、うちの会社には馴染まないと思います。うちはまだ残業=頑張っているという文化が根強くて……。研修をしても早く帰ろうという気にならないんです」

こう言われると、私も内心「じゃあ、なぜ研修を依頼したのですか?」と思ってしまいます。ただ、これが現場の理想と現実のギャップであり、企業文化が持つ根強い抵抗力の表れなのだと理解しています。

私は長時間労働のすべてを否定するわけではありません。一時的に業務が集中したり、特別な案件がある時には、やらなければならない時期もあるでしょう。成長の過程である程度の量を経験することが質に転化される、ということも確かにあると思います。しかし、問題は「長時間働くこと自体」が目的化してしまっている場合です。これは非常に危険な兆候であり、組織全体の生産性を著しく下げてしまいます。

残業礼賛文化がもたらす深刻なデメリットとは

では、残業を美徳とする企業文化が実際にどのような悪影響を及ぼしているのかを、具体的に見ていきましょう。もちろん、企業にとっては社員が長時間働いてくれることが一見メリットに思えるかもしれませんし、社員側も残業代が増えてありがたいと感じる人もいるかもしれません。

ただし、それはあくまで「きちんと残業代が支払われている」という前提があっての話です。実態としては、残業が常態化している企業ほど、その対価が適切に支払われていないことも多く、デメリットの方がはるかに大きくなっているのです。

まず最もわかりやすいデメリットは、「生産性の低下」です。本来であれば、限られた時間の中でいかに効率よく成果を出すかが評価されるべきです。しかし、残業が評価される環境では、「仕事を早く終わらせて帰る」よりも「時間をかけていること」が価値とされてしまいます。結果、ダラダラと時間を使い、同じ成果を出すのに余計な時間を費やすようになってしまいます。つまり、企業全体の労働生産性が確実に下がるというわけです。

次に起きるのは、「モチベーションの低下」です。たとえば、業務を効率化し、短時間で高い成果を出している社員がいたとします。しかし、長時間残業している社員の方が「頑張っている」と評価されてしまうと、効率よく成果を出している社員のやる気が削がれてしまいます。

「こんなに工夫して、頭を使って時間内に仕上げても、結局は残ってる人の方が評価されるんだ」と思ってしまえば、「もう頑張るだけ無駄だ」となるのも当然です。

そしてこのモチベーション低下が続くと、最終的には「優秀な人材の流出」へとつながっていきます。合理的に成果を出せる人ほど、無駄な残業や旧態依然とした働き方に強い違和感を覚えます。自分の能力を活かせる場所、自分の時間を大切にできる環境を求めて、より健全な企業文化を持つ職場へと移っていくわけです。

健康被害と企業イメージの悪化

長時間労働が続くと、当然ながら心身に大きな負担がかかります。疲労が蓄積し、ストレスが増大し、最終的にはメンタル不調や体調不良を招きかねません。注意力が散漫になれば、業務中の事故やミスも増えるでしょう。最悪の場合、うつ病などの精神疾患を発症し、長期の休職、さらには退職、時には命に関わる事態になることもあります。

こうした健康リスクは、社員本人だけの問題ではありません。会社としての管理責任が問われ、労災や訴訟といったリスクに発展する可能性もありますし、社員が健康を害するような職場環境であることが、社外に知られてしまえば、企業イメージの悪化にもつながります。最近ではSNSや口コミサイトなどを通じて、労働環境に関する情報が簡単に拡散されます。

「この会社はブラックだ」「残業ばかりで人がすぐに辞めていく」といった評判が広まれば、当然採用活動にも悪影響が出てきます。優秀な人材が集まらなくなり、人手不足が加速し、残された社員への負担が増えるという悪循環に陥ってしまうのです。

評価制度の見直しがカギを握る

では、こうした「残業した人が偉い」という文化をどう変えていけばよいのでしょうか。最も重要な取り組みの1つが、「評価制度の見直し」です。

そもそも、なぜ残業時間の長さが「頑張っている証」として評価されてしまうのか。その理由の1つとして考えられるのは、成果を明確に測る基準が存在しない、または曖昧なままであることです。評価軸が不明確だからこそ、「目に見えてわかりやすい指標」として「働いている時間」が判断材料にされてしまうわけです。

営業職や生産職のように、成果が数値で明確に可視化される職種であれば、評価もしやすいでしょう。しかし、企画職や事務職、管理部門のように成果を数値化しづらい業務では、「この人がどれだけ価値を発揮しているか」が見えにくくなってしまいます。だからこそ、「長く働いている=頑張っている」という見方になりやすいのです。

こうした状況を改善するためには、まず各職種・役割ごとに「何をすれば成果と見なされるのか」を明文化し、その基準に沿って評価する制度を整える必要があります。たとえば、「期限内に資料を納品する」「ミスなく処理を完了させる」「○件の業務改善を提案・実施する」など、数値化や行動目標に落とし込むことで、時間ではなく成果に焦点を当てた評価が可能になります。

組織を変える鍵は「管理職と経営陣のマインド改革」

評価制度の見直しと並行して重要なのが、「管理職や経営層の意識改革」です。いくら現場に対して効率化や時短を求めても、その上にいる人たちが「残っていること=仕事熱心」と考えているようでは、変化は起きません。

「長く働くことが美徳」「夜遅くまで残っている部下ほど頑張っている」と無意識に信じてしまっている管理職は少なくありません。ですが、そのような意識は時代錯誤です。令和の今、労働環境に求められるのは「短時間で高成果を出すこと」「心身ともに健康に働き続けられること」です。昭和的な働き方では、若い世代の心は動かないのです。

さらに重要なのは、経営層の継続的な学びです。従業員に対しては「もっと成長しろ」「変化に対応しろ」と求める一方で、自分たちは過去の成功体験にしがみついている。これでは説得力がありません。

実際に先進的な企業では、役員や部長クラスが積極的に研修を受講し、自らのマネジメントスタイルをアップデートしようとしています。トップ層のこうした姿勢があるからこそ、現場にも変革の意欲が伝播し、組織文化が自然と整っていくのです。

時間制限の導入と徹底が文化を変える

意識改革に加えて、実務的な取り組みも必要です。その1つが「時間制限の導入」です。たとえば、「20時以降はオフィスを閉鎖する」「パソコンを自動シャットダウンする」といった、残業を強制的に制限する仕組みを導入する企業も増えています。

こうした取り組みに対しては、最初こそ「今日はどうしても終わらないのに…」という反発もあるかもしれません。しかし、続けていくことで、「この時間までに仕事を終えるのが当たり前」という空気が少しずつ醸成されていきます。

もちろん、ただ早く帰れと命令するだけではダメです。それに伴って、「不要な業務を減らす」「会議を短くする」「報告の簡素化」など、業務設計そのものも見直していく必要があります。早く帰らせたいのなら、早く終わるように仕事を再構築する。これは経営の責任であり、組織の仕組みづくりの問題です。

加えて、「残業をせずに成果を出した人・チーム」を積極的に称賛・表彰する取り組みも効果的です。実際に「時間外労働が短く、かつ業績も優れた」部門を定期的に表彰している企業では、社員の行動が明らかに変わっていきます。

人は「何が評価されるのか」に従って動きます。何が求められているのかを明示し、それに応えた人をしっかり認める。そんなわかりやすいルールと実績の積み重ねが、企業文化を変えていく最大の原動力となるのです。

最後に必要なのは「トップのメッセージ発信」

そして、最も強力で不可欠な施策が「経営トップによる明確なメッセージの発信」です。どれほど制度を整えても、どれほど現場に指示を出しても、トップの意識が曖昧であれば全てが骨抜きになります。

逆に言えば、トップが本気で「長時間労働はもう時代遅れ。これからは時間内で成果を出すことを重視する」と繰り返し発信し続ければ、社内の空気は必ず変わっていきます。

このとき重要なのは、「一貫性」です。たまたま1回の会議で話すだけではなく、全社会議、社内報、研修冒頭の挨拶、部署訪問など、あらゆる場面で繰り返し伝え続けることが求められます。人は同じ言葉を何度も聞いて、ようやく「これは本気なんだ」と受け止めるのです。

また、「仕事と家庭を両立できる働き方を推奨する」「社員の健康と人生を守るために、生産性を高めて早く帰る文化を作る」といった、社員の幸せを大事にする姿勢を込めたメッセージであれば、より強く心に響きます。

大切なのは、「やり方」だけでなく「在り方」を示すこと。トップ自らが新しい価値観を体現していくことで、ようやく残業礼賛の古い文化に終止符が打たれるのです。

まとめ:文化は変えられる。意志と仕組みがあれば

ここまで、残業を評価する企業文化がもたらす弊害と、その変革に向けた具体策についてお伝えしてきました。

この問題は簡単に解決できるものではありません。長年の慣習や固定観念が絡み合っているため、短期間でガラリと変わることはまずありません。だからこそ、トップが本気で旗を振り、管理職が仕組みを整え、現場で行動が変わるという3層構造のアプローチが必要なのです。

働き方を変えるということは、企業の文化そのものを変えるということです。変化には時間がかかりますが、諦めなければ必ず風向きは変わります。

これからの時代、「時間ではなく成果で評価される会社」でなければ、優秀な人材は集まりませんし、残りません。ぜひ自社の文化と向き合い、未来に通用する組織づくりを進めていただければと思います。

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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