マネジメント
2025.6.21
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職場でよくある悩みの一つに、「部下が自分から動こうとしない」「指示待ちで、自分の頭で考えようとしない」といったものがあります。最低限の仕事しかしようとせず、自発的な行動がなかなか見られない。こうした状況に直面すると、つい「この部下はやる気がないのでは?」と感じてしまいがちです。
しかし実は、これは単なる「やる気の問題」ではなく、別の心理的な要素が関係している場合があるのです。今回は、そうした受け身な部下が動かない原因を明らかにしながら、どうすれば主体性を育めるのか、その具体策を考えていきます。
たとえば、ある忙しいマネージャーが複数の部下を抱えているとします。その中の一人に対して、「もう少し自分で考えて自由に進めていいよ」「こっちのお伺い立てなくて良いよ」「自分が正しいと思うようにやってみて」と声をかけたとしましょう。
その時、部下は「はい、わかりました。自分でやってみます」と口では返事をしますが、しばらくすると再び「これで合ってますか?」「進め方はこれで大丈夫でしょうか?」「これってどうしたらよいですか?」と確認に来るのです。マネージャーとしては「さっき自分の頭で考えていいって言ったよね?」と、ついイラッとしてしまう場面かもしれません。
このように、どれだけ「自由にやっていい」と伝えても、部下はなかなか自発的には動いてくれません。こうした指示待ちの状態が続いていきますが、やはり「環境の変化が激しい」「スピードが速い」と言われている世の中では、上からの指示・命令で動くのではなく、自分の頭で考えて、自分なりに行動する。指示待ち人間からは卒業してもらう必要があります。
マネージャーとしては「こっちの言うとおりにやらなくていいよ」「そんなに締め付けキツイのかな」「受け身な人ばかりだな」と思ってしまいがちですが、ここに大きな誤解があるのです。
実は、このような指示待ちの部下たちに足りないのは「やる気」や「モチベーション」ではありません。不足しているのは「自己効力感(じここうりょくかん)」です。これは心理学者バンデューラが提唱した考え方で、自分自身をどれだけ有能、優秀だと感じているか、つまり「自分はこれをやれる」と思える感覚のことです。
「優秀」「有能」という言葉を聞くと、少し勘違いしている人のような、おこがましい印象を受けるかもしれませんが、自己効力感はそういう意味ではありません。たとえば、何かに挑もうとするときに「この仕事、なんとなくできそう」「きっと上手くいくだろう」と思えるような、「できそうな感覚」や「うまくいく予感」のことです。
この自己効力感が低く、「どうせうまくいかない」「こんなの自分には無理だ」と考え、行動を起こす前から尻込みしてしまえば、やっぱり失敗することが多くなります。だからこそ、やる気がないように見えるのは、実は「その気になっていない」だけであって、根本的には「できそうだと思えていない」ことが原因なのです。
人が何かに挑戦しようとする時、「これはできそうだ」と思えるかどうかが大きな分かれ道になります。自己効力感が高い人は、成功の見通しが立っているから行動に移せます。逆に「無理そう」「失敗しそう」と感じていると、そもそもスイッチが入らないのです。
このような状況を表すために、私は「やる気ではなく、その気が大事」と表現しています。「その気」になればやるけど、「その気」にならないからやりたくない、やろうとしないのです。やる気が先にあるのではなく、「これはできる」と「その気」に思えた時にやる気が生まれるのです。つまり、自己効力感を高めて「その気」にさせることが、部下を動かすための第一歩となります。
たとえば、新しく配属された若手社員に対して仕事を任せた際、「はい、わかりました。頑張ります」と返事はよくても、なかなか実際には動いてくれない。非常に動きが鈍い。動こうとしない。そうした場面で、「怠けている」「やる気がない」と決めつけてしまうのは早計です。その人は、単に「その気」になっていないだけです。
実際には「これ、どう進めていいか分からない」「失敗したら怒られるかも」「うまくいきそうにない」という内心の不安や、見えない壁、見通しのなさが心の中にあって、行動が止まってしまっている。意欲を抑制してしまっているのです。つまり「やる気スイッチが入らない」のではなく、スイッチの電源そのものが入っていない状態なのです。
ですから、部下を動かすためには、まずスイッチの電源を入れてあげてエネルギーを供給する必要がある、つまり「できそう」と思えるように下地を整えることが大切です。
では、どのようにすれば部下の自己効力感を高め、「その気」にさせられるのでしょうか。ここでは効果的な3つの方法を紹介します。
資料作成という仕事を任せる時、「これ、やっておいて」と言葉だけで指示しても、相手は「どんなものを作ればよいのか」「どのレベルで仕上げればよいのか」何をどこまでやれば良いのか分かりません。ですから、過去の類似資料を見せたり、「このくらいの完成イメージ」と伝えたりして、明確なゴールを見せることが重要です。
また、情報収集の仕方、どうやって作っていくのか、パソコンなどに入力するときにどういった手順で進めていくのか、使うツールや機能の説明など、手順が明確になると、「あとはやるだけだ」「できるな」と思えるようになります。
見通しが立っていれば「この通りやればいいんですね」と成功のイメージを与えられます。これは「代理学習」と呼ばれる心理的手法で、自分の経験ではなくても、他人の成功例を見聞きすることで、疑似体験として「自分にもできるかも」という感覚が芽生えるのです。
自己効力感を構成する要素は複数あるといわれていますが、中でも最も影響力が大きいのが「達成体験」です。つまり、一度「自分でできた」という実感の積み重ねが、「次もできるはず」という自信につながっていくのです。この達成経験の積み上げが自己効力感の高さとなっていきます。仕事を始めたばかりの社員にとっては、実績も経験もほとんどない状態からのスタートです。ですから、一歩一歩の動きが鈍くなるのは仕方ないことです。
いかにしてこの達成体験を早く積ませるか、が重要です。いきなり大きな仕事を任せると動きが鈍くなるので、簡単にできそうなところからスタートします。正直なところ、誰にでもできそうなことでも良いです。まずは達成したという実績を積むために「これは確実にできる」というレベルの小さなタスクから始めさせて、気が付いたら色々なことができるようになってきたな、という積み重ねが自己効力感を作っていきます。
私は、単に言われたことをやるだけの「指示待ち人間」から卒業して、自ら考えて行動する「自律型人材」を育成する研修やコンサルティングをご提供しています。その中でも繰り返し言っていることがあります。自己効力感を高めるためには、「やることを決める」「決めたことをやる」これをひたすら繰り返すことが必要だということです。
どんなに小さなことでも構いません。まず自分の意志で「これをやろう」と決める。その決めたことをやる。たとえば、タスク管理表を自分で作る、スケジュールを自分で組み立てる、といった程度のことでも構いません。「自分でやると決めたことを、決めた通りにやり遂げる」これを繰り返すことで、「やればできた」という自己認識が積み重なり、自信へとつながっていきます。
結果がすべて。これはビジネスの世界では確かに一理ありますが、部下の成長を促す場面では、「結果」だけでなく「過程」も見て評価することが極めて重要です。特に新人や若手のうちは、思うような結果が出ないのが当たり前です。大切なのは、たとえ成果が出なかったとしても、「その進め方はよかった」「自分なりに工夫していた」という点に注目して承認することです。
プロセスを評価し、「どういう風に考えて進めたの?」「これはどういう意味でやろうと思ったの?」と尋ねることで、部下は「自分の考えが尊重されている」と実感できます。それが次の自発的な行動につながるのです。
これまで見てきたように、部下が動かない原因は、単にやる気がないわけではありません。「やっていいと言われても、どうしていいか分からない」「失敗したらどうしよう」という不安や迷いが行動を止めてしまっているのです。その不安を取り除き、「これはできそう」「やってみよう」と思えるようにすることが、自己効力感を高めるということです。そしてそのためには、上司の関わり方が極めて重要です。
「安心感のある環境をつくる」「できそうなイメージを共有する」「小さな成功体験を積ませる」「過程を承認する」「問いかけを通じて考えさせる」といった関わりを通じて、部下は徐々にその気になっていきます。
最初は戸惑いながらでも、一つひとつ「やればできた」という体験を重ねていけば、やがては主体的に考え、動き、チームを引っ張っていけるような人材へと成長していくでしょう。上司としては、「やる気を出せ」と叱るよりも、「その気にさせる」関わりを意識することが、長い目で見てチーム全体の力を高める近道になります。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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