人材育成
2024.10.12
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「静かな退職」という言葉が、経営幹部や人事部門で注目されるようになりました。この言葉は「社員が会社に在籍しながらも、指示された最低限の仕事だけを行い、それ以上の貢献をしない状態」を指します。つまり、退職そのものではありませんが、会社に対する主体性や意欲が低下し、組織の活力を奪う「退職同然」とも呼べる行動です。
このような状態の社員が増えると、組織全体の生産性が低下し、結果的に収益性にも悪影響を及ぼします。企業にとって無視できない問題であり、多くの経営者や人事担当者が頭を悩ませているテーマだと言えるでしょう。
とはいえ、この「静かな退職」が示す現象は、必ずしも新しいものとは限りません。過去にも、最低限の業務しかしない社員は存在していたはずです。ただし、当時は転職市場が成熟しておらず、終身雇用が人々の一般的な前提であったため、こうした社員であったとしても定年まで勤めるものとして、単に「仕事をしない人」として認知されていたのではないでしょうか。
その一方、現代の若い世代は多様な選択肢を持ち、ファーストキャリアの組織を生涯の勤務先として考えるのは、むしろ稀であるとすら言えるでしょう。加えて、慢性的な人手不足が若い世代の希少性を高めています。その結果として、職場に不満を持つ従業員は、より良い条件を求めて別の職場に移ることが容易になっていると言えます。これが、「静かな退職」が増加しているかのように見える原因です。
「静かな退職」の根本的な原因は、「仕事が面白くない」ことにあると私は考えます。従業員は仕事にやりがいや魅力を感じず、達成感や充実感を得られないことで、仕事への意欲を失うのです。結果として、最低限の業務だけをこなし、私生活を優先するようになります。
要するに、仕事はおもしろくない。私生活は楽しい。だから、仕事は最低限にとどめ、私生活を重視する。ただこれだけの話なのです。したがって、このような状況を防ぐには、仕事を「面白くする」環境づくりが必要です。
「静かな退職」を防ぐアプローチの一つが、「裁量を与える」ことです。
従業員が担う責任範囲を明確に理解し、その範囲内でできる限り自由に、自分の意思に基づいて判断や意思決定ができるようになれば、仕事は面白くなり、モチベーションが向上します。指示待ちの仕事ではなく、自分で考えて行動する裁量を与えられることで、従業員は責任感を持つようになり、業務に積極的に取り組むようになります。
責任のある仕事を与えると、むしろ嫌がられるのではないかと思われるかもしれません。しかし、その前提は「裁量<責任」になっているからです。大した権限が与えられず、自分の裁量で判断や意思決定ができない。にもかかわらず、責任だけは重い。これでは誰でも嫌がるでしょう。裁量と責任はセットであり、両方を与えて「裁量=責任」となる状態にする必要があります。
与えるべき裁量は、本人の階層や職種によって異なるものの、与えられた範囲でできる限り主体性を発揮できる状態にしておくことが望まれます。裁量と責任が明確でない職場、裁量と責任がアンバランスな職場では、従業員は自分の意思でどこまでやってしまっていいのかの判断に迷います。過剰な責任を取らされることがないよう、リスクヘッジをするようになるので、逐一上司に判断を仰ぐようになり、必然的に「指示待ち人間」に向かっていくのです。
仕事を面白くするためには、責任に見合う裁量を与えることが必要です。
「静かな退職」を解消する上で、「報酬」の問題も避けて通れません。とはいえ、単純に賃金を引き上げることが解決策とは限りません。経営状態によっては、賃金を上げてあげたくても現実的にできないという場合もあるでしょう。
金額そのものも重要ですが、同じく重要なのは金額の妥当性です。従業員が、自身の努力や成果が正当に評価されている、と感じられるような制度や体系になっているかが重要です。
透明性に欠けた報酬体系や不公平な評価は、従業員の不満を募らせ、無気力や失望を引き起こします。一方で、努力に見合った報酬を明確に提示することで、モチベーションを高めることができます。要するに「何を、どれくらい成し遂げたら、いくら賃金が上がるのか」をわかりやすく提示するのです。
評価基準が不明瞭な職場では、「頑張ってもどうせ報われない」と感じた従業員が、次第に努力を放棄するようになります。また、他の従業員との比較で不公平感を覚えると、職場に対する信頼も失います。こうした事態を避けるためには、評価基準や報酬の決定プロセスを明確にして従業員に公表し、納得感を得られるしくみを整えることが重要です。
また、少子高齢化によって将来に不安を抱える若い世代は、お金に対してシビアな意識を持っています。どれくらい努力すれば、具体的にどの程度の報酬を得られるのかを明確に示すことで、働くモチベーションをむしろ大きく高めることができるでしょう。
従業員が組織に対して前向きな姿勢を保つためには、組織と個人の両方に対して「将来性」を感じられるようにすることが欠かせません。
まず、組織としてのビジョンや成長戦略を明確に示し、それを従業員一人ひとりが理解できるように伝え広めていくことが必要です。単なる言葉だけでなく、トップリーダーが情熱を込めて態度でビジョンを発信し、従業員に共感を与えることが求められます。
加えて、そのビジョンが単なる理念ではなく、実際の業務や意思決定に反映されていることを示す必要があります。例えば、挑戦や変革を理念として掲げる組織が、実際には固定観念や慣例にとらわれて旧態依然とした方法に固執していると、従業員の信頼を損なうことになるでしょう。逆に、組織が柔軟に変化し続ける姿勢を見せれば、従業員はその将来性に希望を抱くことができます。
併せて、個人としての将来性を描けるようにすることも重要です。自分のキャリアパスを思い描き、現在の仕事で得られるスキルや経験が、将来の自分にとってどのように役立つかが理解できれば、安心して目の前の仕事に打ち込むことができます。
現在の業務がどのような能力開発につながっているのか、その結果としてどのような役割を担えるようになるのかを示すことで、従業員は自分の成長を実感しやすくなります。
将来の成長が見えないと、「この仕事を何年続けても、同じことの繰り返しになるのではないか」と感じ、仕事への意欲を失うことが考えられます。個人としての将来性に希望を持たせるためには、組織内でのキャリア形成の道筋を明確に示すことが欠かせないと言えるでしょう。
裁量の付与、報酬の透明性、そして将来性の提示。この3つを組み合わせて取り組むことで、「静かな退職」を防ぎ、従業員を自ら考えて行動する「自律型人材」として育成することにも繋がります。
従業員が主体性を発揮して行動し、その結果に責任を持ちながら仕事を進める環境を整えることは、組織の活力を高める重要な鍵となるでしょう。
こうした環境を作り上げることで、従業員は仕事に対する意欲を取り戻し、「静かな退職」を防止することにつながります。また、これらの施策は、実際の退職を防ぐ効果も期待できます。社員が仕事を面白いと感じる環境であれば、離職を考える機会も自ずと減っていくことでしょう。
仕事が面白いと感じられるかどうかは、個人の裁量や自由度、成長実感に大きく影響されます。経営者や管理者に求められるのは、従業員が仕事をおもしろいと感じる環境を整えることです。組織の文化や制度を見直し、従業員が主体的、自律的に働けるようなしくみを整えることで、「静かな退職」を解消し、組織の持続可能な成長を実現することができるでしょう。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。