コミュニケーション
2025.5.31
目次
今回のテーマは、正直なところ今まであまり扱ってこなかった話題です。というのも、とてもデリケートなテーマであり、私自身にも身近に発達障害の方がいるため、軽々しく扱いたくなかったというのが本音です。
しかし、今や人と組織の関係性を考える上で、このテーマを避けて通ることができない時代になってきています。ある企業で実施した研修でこの話題に触れた際に、あまりにも多くの偏見や思い込み、誤解があることに気づかされました。だからこそ、最低限の知識を共有することは大切だと強く感じたのです。
ということで今回の話題は、「発達障害の傾向がある上司との付き合い方」です。発達障害の部下にどう接するかという内容の記事は世の中にたくさんありますが、上司がそうであった場合という切り口は意外と少ないように思います。だからこそ今回は、あえてこの視点からお話をしていきたいと考えました。
まず、発達障害とは何かという点から整理しておきましょう。
医学的には「神経発達症群」という分類に入るもので、生まれつき脳の発達に特性がある方々の総称です。代表的なものとしては、自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、学習障害(LD)などが挙げられます。他にもさまざまな分類がありますが、これらを総称して「発達障害」と呼ぶのが一般的です。
ここで一番大切なことは、「発達障害は病気ではない」という理解です。つまり、薬で治すとか、何かを矯正するようなものではありません。これは生まれ持った脳の特性、つまり「個性」なのです。
人間にはさまざまな感覚や考え方があります。発達障害のある方々は、一般的な多数派の感覚とは違う感覚を持っているにすぎません。これを「治す」という発想自体が、すでに間違ったアプローチです。治すというのは、一般的な感覚を「正しい」とし、それに合わない感覚を「おかしい」と見なす考え方です。しかしそれは、人の個性を否定することに他なりません。
それでは、発達障害の主な特性にはどのようなものがあるのでしょうか。
まずASD(自閉スペクトラム症)の方は、論理的・構造的に物事を考える力が非常に優れています。こだわりが強く、計画的・正確なことを好む傾向があります。そのため、予定通りに物事が進まないと不安を感じたり、柔軟な対応を苦手とすることがあります。
この特性は、データ分析やシステム設計などの分野で非常に高いパフォーマンスを発揮します。例えば、実例として米国トランプ政権発足後に、イーロン・マスク氏をリーダーとして立ち上げたDOGE(米国政府効率化省)で、USAIDのデータへアクセスした凄腕の若者が、ASDの傾向を持っていたと言われています。一方で、感情の読み取りや空気を読むことが苦手です。興味のある話には熱中して話しますが、そうでない話題には反応が乏しい傾向もあります。
次にADHD(注意欠如・多動症)の方は、非常に柔軟な発想力と瞬発力を持っており、アイデアが次々と湧き出るタイプです。フットワークも軽く、新しいことにどんどんチャレンジしていく意欲があります。その一方で、不注意によるミスや忘れ物が多く、ひとつのことに集中するのが難しいといった特徴もあります。
LD(学習障害)の方については、視覚的・空間的な認識や音の認識が得意だったり、独特の発想力で突飛なアイデアを思いついたりする一方で、読み書きや計算といったいわゆる「当たり前」とされることが苦手である傾向があります。そのため、努力不足だと誤解されやすい点が課題です。
さらに、これらの特性がはっきりと分かれて出るのではなく、混在して現れる場合もあります。たとえばASDの傾向もありつつ、ADHDの傾向もある、といったケースです。これもすべて、その人の「個性」として尊重すべきものです。
発達障害の傾向を持つ人は、決して少なくありません。文部科学省のデータでは、小中学生の6.5%が、普通級の中に発達障害の傾向を持っているとされています。成人の場合、ASDが約1%、ADHDが2〜4%、LDが5〜15%程度とされており、全体としては5〜10%に達すると言われています。
ここで注意したいのは、診断を受けていない「グレーゾーン」と呼ばれる人たちの存在です。自分でも気づいていない、あるいは気づいていても診断を受けていない人は多く、そうした潜在層も含めればさらに多くの人が該当する可能性があるのです。
厚生労働省のデータによれば、発達障害の傾向があるとされる人の数は2011年の31.8万人から2016年には48.1万人へと増加しています。この増加については、「実際に増えている」のではなく、「認知されるようになった」ことが背景にあります。診断基準の変更や、社会的な理解の進展によって、これまで「ちょっと変わった人」で済まされていた人たちが、発達障害として認識されるようになったのです。
発達障害の傾向を持つ方が上司であった場合、どのようなことが起こり得るのでしょうか。
まず、自閉スペクトラム症(ASD)の特性を持つ上司の場合を考えてみます。このタイプの上司は、非常に論理的で手順やルールに厳格な傾向があります。業務の進め方や報告の仕方についても、非常に細かく具体的な表現や手順を重視するため、部下が曖昧な報告をしたり、マニュアル通りでない行動を取ると、強い違和感や苛立ちを覚えやすいのです。
たとえば、報告が言葉足らずであったり、説明が抽象的であった場合、「それでは分からない」と突き返されてしまうことがあります。また、自分が定めたやり方やルールに強いこだわりを持っているため、部下が独自のやり方を持ち込もうとすると、嫌がったり、場合によっては怒ったりすることもあります。
一方、ADHDの傾向を持つ上司の場合はどうでしょうか。ADHDの上司は発想が非常に柔軟で、アイデアが次々と生まれます。しかし、そのアイデアが突発的に指示として降ってくるため、部下からすれば「振り回されている」と感じることが多くなります。さらに、言うことがコロコロ変わる傾向があるため、「さっき言っていたことと、今言っていることが違う」と感じることも珍しくありません。
このような上司に対して、部下は混乱したり、困惑したりすることも多いでしょう。ただし、これはあくまでも傾向であり、その人が「悪い」というわけでは決してありません。本人の中では、筋が通っていたり、状況の変化に柔軟に対応しているつもりなのです。
では、発達障害の傾向がある上司とどう付き合っていけばよいのでしょうか。
まず重要なのは、上司の言葉を「正確に受け取る」ことです。ASDの上司は、厳密な表現や具体的な数値、手順などを重視するため、「察してほしい」「意図をくんでほしい」という期待は通用しません。ですから、お互いに誤解が生まれないよう、なるべく明確で具体的な言葉を使いましょう。誰が聞いても同じ意味に捉えられる表現を心がけることで、コミュニケーションのロスを減らすことができます。
また、ADHD傾向の上司の場合は「記録を残す」ことが有効です。本人も思いつきで発言しているケースが多いため、「あれ、そんなこと言ったかな」と忘れてしまうことがあります。そのため、できればメールやチャットなど、後から見返せる形でコミュニケーションを残しておきましょう。
たとえば、「あのときこうおっしゃっていましたよ」と証拠を見せることができれば、水掛け論になるのを防ぐことができます。思いつきの指示や変更があった場合も、「念のため記録しておいていいですか」とメモを取り、後から本人にメールなどで確認することで、認識のズレを最小限に抑えられます。
さらに、日々のやり取りを記録に残しておくことで、上司の「パターン」も見えてきます。「こういう傾向がある方だから、すぐに全力で動くのではなく、一度寝かせてみよう」といった戦略的な対応もできるようになるでしょう。
最も大切なのは、「性格」ではなく「特性」であると理解することです。
発達障害は生まれつきの脳の特性であり、本人の努力や気持ちでコントロールできるものではありません。家庭環境や育ち方によって後天的に形成されたものでもなく、根本的に「そういう人」なのです。
たとえば、言うことがコロコロ変わるのは「気分屋」だからではありませんし、ズバズバ物を言うのは「冷たい性格」だからでもありません。これは「そうせざるを得ない特性」であり、決して悪意があるわけではないのです。その人にとっては「それが普通」であり、「自分にできないことをやれと言われている」ような感覚に近い場合もあります。
だからこそ、本人を責めるのではなく、「そういう個性なんだ」と受け止めていくことが必要です。冒頭でも述べた通り、良い悪い、正しい間違い、治る治らないという話ではありません。それぞれの特性が異なるだけであって、私たち自身にも個性があり、相手にも特性がある。その違いを認め合い、受け入れていく姿勢が大切です。
最後に強調したいのは、発達障害の傾向についての「基本的な知識」を職場全体で共有することの大切さです。誰がどうであるかを決めつける必要はありませんが、もしも自分と違うタイプの特性を持った上司や同僚と仕事をする場面があれば、「どういうコミュニケーションを取ったらお互いにうまく働けるのか?」を、知識として持っておくことが重要です。
たとえば、会議での指示や報告がうまく伝わらないと感じたとき、その原因を「相手が理解力に欠けている」と決めつけるのではなく、「特性の違いかもしれない」と考えてみる。伝え方や受け止め方を工夫することで、誤解やストレスはぐっと減ります。
また、部下や同僚が発達障害の傾向を持っていた場合も、同様です。「あの人は変わっている」「努力が足りない」と捉えるのではなく、特性として理解し、配慮や支援を実践していくことが、今後ますます求められるようになるでしょう。
日本社会はこれまで「同質性」を重んじる風土が強くありましたが、今や多様性が前提の時代です。特性の違いを理解し合い、誰もが自分の力を発揮できる職場を目指すことが、組織にとっても個人にとっても必要不可欠です。
発達障害の傾向を持つ上司、部下、同僚、さらには取引先や顧客 -どんな立場の人とも出会う可能性があります。そのときに「特性の違い」を認め合い、最適な関わり方や伝え方を探っていく姿勢が、これからの時代には一層求められます。
一人ひとりの違いを「個性」として受け入れる職場づくり。そのためには、知識の共有、実践の積み重ね、そしてお互いを理解し合う姿勢が欠かせません。
発達障害の傾向がある上司との付き合い方についてお伝えしてきましたが、これはあくまで一つのきっかけにすぎません。日々の仕事や生活の中で、皆さんがそれぞれの立場で「違いを理解し合う工夫」を続けていっていただければと思います。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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