実務に役立つことしか学ぼうとしないと、○○がなくなる

先週、ある企業様でビジネススキル学習動画の撮影をしてきました。マイクロラーニングと呼ばれる5〜10分程度の短編動画で、スキマ時間を活用してワンポイントの知識や情報を習得しようとするものです。プロジェクトは今年で4年目に差し掛かっていて、ありがたいことに定期的に機会をいただいています。動画撮影は希少な案件であり、こちらも毎回カメラ前でのトークを鍛えていただいている思いです。とてもありがたいです。

撮影後の振り返りの中で、テーマとして取り上げた概念を、一般的な事例ではなく自社の業務や商品を用いて例示して欲しいというリクエストをいただきました。もちろん、抽象的な説明だけではイメージが掴みにくいので、具体的な例示は必要です。視聴者が自分ごとと思っていただけるよう、できる限り実務になぞらえて例示したいという気持ちはありますし、そのための情報収集もします。

とはいえ、特定の職種に限定するのであればまだしも、いろいろな職種の方がご覧いただく前提であれば、視聴するすべての方に合致する例示をするのは困難です。一つの題材につき何パターンもの例示をする必要があります。私もさすがにすべての職種の実務内容に精通しているわけでもないし、複数の例示を考えるのもそれなりに一苦労です。何より、何パターンも例示解説していたら、動画の尺が長くなってしまいます。

視聴いただいた方々が、一般的な例示から本質を捉えて、自身の業務に応用すれば良いのではないかと思うのですが、どうやらその理屈は通らないようです。自分の仕事にどのように役立つのかがわからないと、学ぼうとしないというのです。

具体的な商材や技術を題材にしたレクチャーであれば、確かに実務に置き換えて解説しないといけないかもしれません。しかし、思考やライティング、コミュニケーションといった汎用的なスキルまで、すべて自分の職場や業務に置き換えないと理解できないのでしょうか。当然そんなことはなく、応用しようという気概があるかどうかの問題なのではないでしょうか。

「実務に役に立たないから学ばない」この発想は非常に心配だなと思いました。

研修なんてやっても意味がない?

これと似たような話で「研修なんてやっても意味がない」という意見も、これまで何度も耳にしてきました。営業先の断り文句として「仕事のスキルは実務で身につけるもの。ウチはOJTをやっているから研修なんて必要ない」という台詞を、お客様から聞かされることもしばしばあります。

もちろん、OJTは非常に大切ですし、具体的に実務能力を上げるためには実務を通じて訓練をすることが欠かせません。しかし、OJTにも限界はあります。必要とされるすべての知識、技術、状況判断をすべて実務だけで体得しようとすると、一定の能力に達するのに膨大な時間が必要になります。

加えて、OJTからの能力開発は、基本的に帰納的アプローチです。帰納というのは、複数の観察事象から共通点を見出だし、その本質に関する推論を導くことを指します。OJTで言えば、実務経験の蓄積から職務の本質を見出して、今後に活用する知恵に転換していくということになります。もちろん、育成計画や教材によって知識習得をしながら実務経験を積んでいくのが正しいOJTではありますが、「経験を通じて学ぶ」というのは本質的には帰納的なアプローチです。これだけで十分とは言えません。

学習効果を高めるには、演繹的なアプローチも必要です。演繹というのは、誰もが知るような一般常識や自明の理を前提に置き、前提に基づいて物事の推論を導くことを指します。研修や視聴覚教材を通じて汎用的な知識を習得し、それを職場に持ち帰って実践する。これは習得した知識を前提として、個別の実務に適用していくという演繹アプローチだと言えます。

実際にはたった数日の研修で知識として習得したものが、すぐに完璧に再現できるはずもなく「教わった通りにやったけど、思うような結果にならない」という現実に直面します。それが正常です。ここで欠如していた前提(つまり、忘れていた知識や理解が不十分な知識)を確認し、精度を高めて再び挑戦する経験を重ねていくことで、知識と経験の整合が取れるようになり、能力として安定的に発揮できるようになるわけです。

これが「能力 = 知識 × 経験」という公式が成立する理由であり、計画的な育成には、帰納的なOJTと演繹的な研修の両方が必要になるという理屈です。

ビジネススキルを学ぶ目的は「教養」である

話を元に戻します。思考やライティング、コミュニケーション、マネジメントなど、汎用的なスキルをなぜ研修や視聴覚教材で身につける必要があるのかと言えば、日々の業務に取り組む上での前提に変化をもたらすためです。

同じ事業所、同じ職務内容、同じ人間関係、同じ思考パターンで何年も、何十年も仕事に取り組んでいくと、その前提の中でしか仕事ができなくなってしまいます。人間は習慣の生き物です。仕事をする環境が変化しないままでいると、それが前提条件として固定化されていき、固定観念や思い込みを強固にして、過去の成功体験から外れることが困難になります。これが、頭が固く、応用の利かない人を職場に生み出していく要因となります。

環境変化の激しいと言われている現代では、柔軟性が低いというのはかなり致命的です。固定観念や前例にとらわれず、絶えず変化と挑戦をしていけるかどうかが、現代ビジネスの成否を左右します。前述の通り、環境が硬直化すると職業能力も硬直化します。柔軟性を高く保つためには、仕事を取り巻く環境を変化させていく必要があります。とはいえ、事業者や職務内容、人間関係をコロコロ変えるのは現実的ではありません。人事異動の激しい大企業に勤めているならまだしも、単一事業を営んでいる中小企業ではこれらは長年変わらない方が常です。

容易に変えられるとは言えないまでも、自らの意志で変えることができるのは、自分の思考しかありません。ものの見方、物事の捉え方、関係性の捉え方、知識や情報の組み合わせ方など、思考のパターンを変えようとし続けることが、人が職業人として「化石化」するのを防ぐ最善の策です。

そして、思考パターンを変えていくには、範囲を限定せずいろいろなものに関心を抱き、知識を習得したり、経験を積んだりして、いまの自分にないものを積極的に取り入れていくことが有効です。たとえ、いまの自分の生活や仕事に直接の関係がなくても、幅広い領域に対する知見を持つ。これを「教養」と言います。

教養が高ければ、固定概念や思い込みの罠から逃れて、物事を多角的に捉えやすくなります。教養が高ければ、異質なものを組み合わせて、斬新な解決策や最適な解決策を導きやすくなります。教養が高ければ、一を知って十を理解し、応用の利いた行動がとりやすくなります。何より、教養が高ければ、人間の幅が広がります。人間性が高まると言っても過言ではありません。

一見、自分に関係なさそうなこと、実務に役立たなそうなことをなぜ学ぶのか。それは教養を高めることに他なりません。そもそも、学校教育で学ぶ複素数や微分積分、古代ギリシャやローマ帝国の歴史、需要供給曲線、イオン結晶の結合、オームの法則などが、いったい実生活の何に役に立つのでしょう。役に立つか、立たないかだけで判断したら、ほとんどの物事は学ぶ必要性がありません。学ぶ理由は極めてシンプルです。それが教養となり、人間としての質を高めてくれるからです。

教養のない人にイノベーションは起こせない

一般的に年齢を重ねるごとに、思考が硬直して「頭が固くなっていく」と言われている理由はとてもシンプルです。勉強しなくなるからです。実際、ご高齢の方でも、知的好奇心が旺盛で日頃から勉強習慣を身につけている方は、物の考え方がとても柔軟です。いくらか年齢の若いはずの私の方が、固定観念に凝り固まっていて、ハッとさせられることもあります。

子どもが物事に対して柔軟なのは、知的好奇心が高いという以上に、毎日勉強して、脳に新たな知識を供給し続けているからです。新入社員や若手社員が物事に柔軟なのは、入社後も覚えることが多くて、仕事をしながらも勉強を続けていくからです。

たとえ、年齢を重ねた方であったとしても、例えば人事異動でまったく知らない業務に就いたり、転職したりした場合には、覚えることが多くて脳が活性化していきます。仮に自分より年下であったとしても、その職場に以前からいる人が仕事をしている様を見て「なんでこんな非効率なやり方をしているのだろう」と側から見て疑問に思うのは、外から来た視点を持っていることに加えて、覚えることの多い自分の脳が柔軟性を取り戻しているからだと言えます。

事実、年齢の若い方であっても、入社以来ずっと同じ部署で、同じ人間関係の中で、同じ業務だけを何年もやり続けてきた人は、自分のやり方に対して何の疑問も抱かず、それが唯一の正解だと思い込んで、業務変革に頑なな姿勢を示す場合がありました。しかし、同じシチュエーションであったとしても、必ずしも実務に直結しない物事にも貪欲に学んでいる方であれば、もっと柔軟な思考や発想を持てるようになることでしょう。勉強はすればするほど、いかに自分が未熟で不完全であるかを思い知らされるからです。

過去の前例が通用しないと言われている現代、ビジネスシーンでは各所でイノベーションの必要性が叫ばれています。イノベーションとは、過去の延長線上から外れたところから、新たなスタートを切ることです。その本質は、過去と現在の否定、異質な知識や知恵の新たな結合を意味します。

硬直した思考の持ち主には、過去の成功体験や現状の否定はできません。教養のない人には異質な知識や知恵の結合はできません。何かを学ぶということは、自分の頭が硬直化するのを防ぐことです。そして、それが自分の生活や仕事に直接の関係があるかどうかは、必ずしも重要ではありません。実生活に直結しないものはすべて教養となり、それが人間としての側面を育んでくれるからです。

自分に新たなものを足していきましょう。読書でもいいし、セミナー受講でもいいし、あるいは運動や趣味をはじめることでもいいかもしれない。選り好みせず、様々なものに触れて、取り入れていくことが、きっと生活や仕事を一層豊かにしてくれるはずです。

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

  

投稿者プロフィール

小松 茂樹
中小企業診断士・キャリアコンサルタント。株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング代表取締役。人材派遣会社、健康食品会社を経て、経営コンサルタントに転身。営業力強化・業務改善・生産性向上・ビジネススキル向上など幅広い範囲で、業績向上や人材育成の支援を行っている。理論的な背景と情熱的な語り口を交えた講演スタイルに定評があり、セミナーや研修で高い支持を得ている。

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