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2015.3.13
先日、妻から紹介されて一冊の本を読みました。
平 光雄『子どもたちが身を乗り出して聞く道徳の話』(致知出版社)
小学校の先生でおられる著者の方が、子どもたちにストーリーやイラストを使ってわかりやすく道徳を説明されているという実例を集めたものです。
日頃、自己啓発やビジネス書、専門書に偏りがちな私では、自らチョイスしないタイプの本であったので、いい機会をいただきました。
何度も繰り返し読みたい、と思える素晴らしい作品でした。自分のあるべき姿について、考える材料が欲しいと思われる方には、ぜひ一度手に取っていただきたい一冊です。
どんなに努力して能力を磨いた人であったとしても、容易に越えることのできない大きな壁が立ちふさがることがある、と私は考えています。
そして、多くの場合、人は能力だけではなく人間性を磨かなければならないということに気づきます。
「能力だけでは解決できない問題がある」
そもそも、自分が能力だと思って磨いてきたものは単なる「技術」に過ぎず、技術は人間性が伴ってはじめて活かされることを思い知らされるのです。
能力というのは、技術と人間性が融合して形成されるものです。
能力=技術×人間性
です。
「誰のために」
「何ができるのか」
「それをどのくらい高度で専門的にできるのか」
それに応えられるものこそ「能力」と呼ぶにふさわしい。
私はそう考えています。
技術を磨くことは重要です。技術を習得すれば、自分の可能性をどんどん広げていくことができます。
また、社会の中で生きていく上では、人は何かしらの領域で技術を磨いて、何かしらの形で「人の役に立つ」術を身につけていく必要があります。
「与えつつ、受け取る」
そうやって人々が与えあうことによって、社会は成り立っています。
したがって、社会の中で生きるということは、自らも他人に対して価値を生み出し、与えられる人間になることが必要です。そのためには、自分の得意な領域において、その技術を伸ばし続けることはとても重要な事だと思います。
とは言え、技術は技術でしかありません。
どんな技術も、人の役に立つことに使うことができます。一方で、人を苦しめたり傷つけたりすることにも使うことができます。
その技術を使う人の人間性によって、技術はまったく異なる価値を生み出すことになります。
人を苦しめたり傷つけたりすることに使われる技術は、「能力」とは呼ぶに値しないのではないでしょうか。
「能力」と呼ぶに値するかどうかは、その技術を使う人の人間性が問われます。
技術は、それを正しく使う人間性と組み合わさることで、「能力」と呼ぶにふさわしいものとなり、人々に価値を生み出し、人々に幸福をもたらすのです。
技術の習得はさほど難しくありません。
教科書の手順に従って、実践を積み重ねるだけです。得手不得手はあれど、時間とエネルギーを注げば人は技術を身につけることができます。
しかし、技術の高さだけでは、あらゆる問題を解決することはできません。
高度な問題であるほど、一人でできることは限られ、周囲の協力を得ることが欠かせなくなるからです。
そして、周囲の協力を得られるかどうかは、その人の人間性が問われることになります。
一方で、人間性が優れているだけでも良いとは言えません。技術を磨き、自分でやるべきことは自分でやり、他人の力になれるようにはじめて、周囲の方と対等で良好な人間関係が築けるようになるからです。
人間は、技術と人間性の両方を磨き続けることで、それを能力として人に役立てて、自分が生まれてきた意味を自ら作り出していくのだと思います。
人間性を磨くことは容易ではありません。人によって価値観が異なるので、人間性を磨く上で、その目的もアプローチの仕方もそれぞれ異なるからです。
技術と違って、お手本となる手順がありません。唯一の正解もありません。どんな人も、回り道を重ね、自分なりに考え続けて、経験の中から自ら学び取る力量を高めていく必要があります。
そのためには、自主的に行動や挑戦を重ねることが欠かせません。その結果を自分なりに検証し、次に活かしていかなければなりません。果てしない、根気の必要な取り組みとなるのです。
したがって、人間性を磨くために必要なものは何か?と言われれば、厳密に言えばそれは「十人十色」であると言えます。自分がどんな人間になりたいのかによって、やるべきことが当然変わってきます。
しかし、それでは今日の投稿のタイトルに対する答えにならないので、私なりに、この短い人生の中で人間性を磨く上で大事だと思ったことを書きます。
私にとっては、
人間性=誠実さ×謙虚さ×感謝の心
です。この3つの要素の織りなすものが人間性、人格であると考えています。
そして、その中でも最も重要なのが「誠実さ」です。
誠実さとは何か?それは、自分に対しても、他人に対しても正直であることです。
著者の平さんの言葉を借りるならば、
「言行一致」
であること。すなわち、言っていることと、やっていることが一致する人間であることです。
どんな小さな約束も守る。言ったことは必ずやる。したがって、軽はずみな約束はしない。自分が言ったことには責任を持つ。
簡単なことではありません。私もまだまだです。ずっと挑戦です。
「そういう人間により近づきたい」という思いを抱きながら毎日を生き、積み重ねの中で少しずつできていくことだと思います。毎日が反省と改善です。
しかし、言行一致した人間に近づいていくことが、人間としての価値を高め、幸せと成功を引き寄せていくのだと、私は信じています。
信頼のおけない人間は、自分の言ったことに責任を持ちません。約束を破り、時に逃亡します。そういう人には、人は寄って行きません。距離をとるようになります。そして、いろいろなものを失っていきます。
だから、その逆をやる。自分の発言に責任を持ち、言ったことは実行する。成功するとか失敗するとかは二の次。とにかくやる。その積み重ねが、きっと信頼残高を高め、人とうまくやっていける人間になるのだろうなと思います。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
<追記>
「言行一致」の他にも、「一時に一事」「百転一起」など非常にためになる言葉や考え方が出てきます。
半年に一度くらい読み直して、自分がどんな人間になりたいかを考えるガイドにしていきたいなと思う、素晴らしい一冊でした。