マネジメント
2026.7.8

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「せっかく育てた社員が、また辞めてしまった」
そうした悩みを抱える経営者や管理職の方は、決して少なくないことでしょう。残業がそんなに多いわけでもない。給与や残業代はきちんと支払っている。それなのに、なぜ社員が定着しないのか。
結論から申し上げると、多くの企業は「社員にお金を使っていない」のです。この記事では、経営コンサルタントとして数多くの企業を見てきた知見をもとに、離職防止につながる正しいお金の使い方を、心理学的な根拠と実例を交えて解説します。

社員にお金を使っていないと言われたら、多くの経営者は「給料をきちんと支払っているではないか」と憤ることでしょう。しかし、給与を支払うことは労働契約上の当然の義務であり、言わば「当たり前」のことなのです。給料を支払うことが社員の定着を保証するものにはなりません。どこの会社に勤めても、給料は出るのです。給料さえ払っていれば社員は満足するはずだという前提は、離職防止の本質を見誤らせてしまいます。
アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズは、人間の本質の中で最も強い欲求は「他者に認められたいという欲求である」と述べています。人間は報酬だけで動く存在ではなく、自分がこの組織に必要とされている、大切にされていると実感することで、初めて働く意欲を持続させます。つまり社員定着のためには、金銭的な対価に加えて、承認や信頼といった心理的な報酬が不可欠なのです。
会社と社員の関係は、男女の関係とよく似ています。交際を始めたばかりの頃は、相手に喜んでもらおうと工夫を凝らしたり、記念日にサプライズをしたりするものです。しかし、関係が長く続くと、次第にそうした配慮が薄れていきます。ついには「もう家族なんだから」と、何もしなくなってしまうのです。
会社と社員の関係でも同様のことが起こります。採用活動の段階では、なんとか入社してもらおうと応募者に熱心に説得をしたり、色々な手を尽くそうとするものです。入社してからも、新入社員の頃は手厚くケアをしますが、年数を重ねるたびに何もしなくなっていきます。「身内」になっていくからです。
「もう社員なのだから」「給料は払っているのだから」という姿勢は、いわゆる「釣った魚に餌をやらない」状態であり、離職防止の観点からは非常に危険な兆候であると言えます。人間関係は一度築いて終わりではなく、継続的なメンテナンスが求められるのです。
この点を裏付ける興味深い研究があります。デューク大学の行動経済学者ダン・アリエリー氏は、参加者に簡単な文字探しの作業を行ってもらい、1枚提出するごとに報酬が少しずつ減っていくという実験を行いました。そして、提出された成果物への対応方法を3つのグループで変えました。
結果として、承認グループは平均9枚まで作業を継続できたのに対し、無視グループは平均6.77枚、破棄グループは平均6.34枚と、両者はほぼ同水準まで低下しました。
つまり、成果物を「無視する」ことは、目の前で「破壊する」ことと同じくらい、人の意欲を奪う行為であることが示されたのです。この結果は、日頃から社員の働きぶりを承認し、丁寧に扱うことの重要性を示してると言えるでしょう。

離職防止を実現するためのお金の使い方は、大きく3つに整理することができます。
ある企業では、部門間や世代間でコミュニケーションが不足しているという課題を抱えていました。営業部門と技術部門が情報を共有しない、ベテラン社員と若手社員の間に上下関係の壁があり自由な発言ができない、現場と事務職の間に温度差があるなど、組織内に複数の分断が存在していたのです。会議の場で「もっとコミュニケーションを取るように」と呼びかけても、状況は改善しませんでした。
そこで経営者が下した決断が、オフィスの全面リニューアルでした。固定席を廃止してフリーアドレス制を導入し、木目調の温かみのある内装や間接照明を採用したモダンな空間へと刷新しました。デスクスペースの脇にはリフレッシュルームを設け、ソファーや軽食を用意するなど、社員がリラックスできる環境を整えたのです。
この投資は、単に見た目を整えるだけでなく、社員に対して「自分たちのために会社がお金を使ってくれている」という実感を与える効果がありました。明るく快適な空間で働くことは心理面にも良い影響を与え、社員の表情も変化したといいます。フリーアドレスにより毎日隣に座る相手が変わることで、これまで接点のなかった社員同士が自然に会話を交わす機会も増え、組織の壁が少しずつ溶けていきました。
人間関係の本質は情報共有にあります。相手を知る機会が増えるほど、関係性は強くなります。環境への投資は、この好循環を生み出す起点となったのです。
社員の定着を高めるもう一つの柱が、成長機会への投資です。社内研修の実施や外部セミナーへの参加費補助、資格取得支援、書籍購入費の補助などがこれにあたります。
会社が自分の成長のためにお金を使ってくれていると感じられれば、社員は「この会社にいれば自分は成長できる」という実感を得ることができます。
特に若い世代にとっては、成長実感を味わえることや、会社が教育・研修を提供してくれることは、会社選びの重要なポイントの1つになっています。継続的に成長実感を与えることが、離職を防ぐ動機付けとなるのです。
環境や成長への投資と並んで欠かせないのが、日常的な人間関係のメンテナンスです。人間関係は一夜にして築かれたり、破綻したりするのではなく、日々の継続的なやりとりの中で培われ、あるいは失われていくのです。
例えば、社員一人ひとりの誕生日にメッセージカードやプレゼントを贈っている会社があります。中には、社員自身だけではなく、家族の誕生日にもプレゼントを渡す会社まであります。
また、打ち上げや懇親会の費用を会社が補助する、社員旅行や懇親会に投資するといった取り組みも、社員同士や会社との関係性をつなぎとめる重要な役割を果たします。人間関係と同様、会社と社員の関係も、意識的なメンテナンスなしには維持できないのです。
離職防止に失敗している企業の多くには、共通したパターンが見られます。それは、お金の使い方に偏りがあることです。
例えば、経営者は豪華な出張を行う一方で、一般社員の出張費用は極端に切り詰められている。役員室には上質な家具が置かれているのに、社員のデスクは簡素なまま。役員の交際費は潤沢に使われる一方で、社員のパソコンは古いものをギリギリまで使い続けている。
こうした格差は、社員に「自分たちは会社にとって単なる駒に過ぎないのではないか」という不信感を抱かせます。この状態では、社員が会社に尽くそうという気持ちを持つことは難しいと言えるでしょう。
もう一つの失敗パターンは、社員への支出を「コスト」としてしか捉えられていないことです。しかし、社員へお金を使うことは「投資」なのです。
離職が発生した場合、求人広告費、面接にかかる時間的コスト、業務の引き継ぎ、入社後の育成期間などを合計すると、対象社員の年収の半分から1年分に相当するコストが発生するといわれています。
であれば、離職と採用を繰り返してお金を浪費するよりも、いま在籍している社員に投資するほうが、長期的に見てはるかに合理的な選択になるのです。社員への支出は「コスト」ではなく「投資」であると認識を転換することが、離職防止へとつながります。

人は誰しも承認欲求を持つ存在です。給料だけで心が満たされるわけではありません。
職場環境や教育機会に投資し、日常的なメンテナンス活動をすることで、組織と社員の関係を維持することができます。
お金の使い先が偏り、自分たちに還元されていないと感じると、離職の動機が高まってしまいます。「結局、上の人ばかりが優遇されている」と思われないよう、「環境」「成長」「メンテナンス」という3つの領域に、意識的にお金を使っていくことが重要です。
とはいえ、こうした施策をどこから始めればよいのか、そもそも自社の課題がどこにあるのかを見極めることは、社内の視点だけでは難しい場合もあります。組織の状態を客観的に分析することで、投資の優先順位を判断することができます。
自社の状況を整理し、次の一手を明確にしたいとお考えの方は、ぜひお気軽にご相談ください。貴社に合った離職防止・社員定着の道筋を見つけていきましょう。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
中小企業診断士・キャリアコンサルタント。株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング代表取締役社長。「デキる人を増やして社会をもっと快適にする」を理念に、人事・組織コンサルタントや研修講師として活動。理論的な背景と情熱的な語り口を交えた講演スタイルに定評があり、セミナーや研修で高い支持を得ている。
著作『指示待ち人間からの卒業〜自ら考えて行動する「自律型人材」になる方法〜』
著作『指示待ち人間からの解放〜自ら考えて行動する社員を増やす4つの柱と7つのステップ〜』
登壇実績 862件、1,015日間(のべ受講者数17,334名)*2025年12月末現在

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