人材育成
2025.5.24
目次
企業における人材育成と聞くと、まず思い浮かべるのは新入社員や若手社員を対象としたOJTや基礎研修かもしれません。もちろん、若い世代への教育は大切です。しかし、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要なのが「ミドルシニア層」の育成です。
ミドルシニアとは、一般的に40代から60代の社員を指します。この世代はキャリア的にも十分な経験を積んできたベテランであり、会社の中心メンバーとも言える存在です。そのため、「教える側」「見本となる側」として捉えられることが多く、「教育や研修の対象になる」という意識は薄くなりがちです。
しかし現実には、環境や技術の変化に取り残されているミドルシニア層も少なくありません。若手のように柔軟に新しいスキルを吸収する機会も少なく、現場での立ち位置があいまいになったまま、孤立や疲弊に至るケースもあります。
人材不足が進む中で、ミドルシニア層は貴重な戦力です。若手が採用できない企業では、この世代に現場を支えてもらうしかないという実情もあります。プレイングマネージャーとして、管理業務と現場業務を両立せざるを得ない立場に置かれ、結果として仕事が過剰にのしかかっているという状況も珍しくありません。
このような状況を放置してしまうと、ミドルシニア世代は精神的にも肉体的にも疲弊していきます。やるべき仕事が明確でなくなり、自分の役割が見えなくなってしまう。結果として、孤立し、燃え尽き症候群のような状態に陥ってしまうのです。
その先には、体調を崩して休職する、あるいは離職してしまうといったリスクが潜んでいます。これは社員本人にとっても、企業にとっても望ましくない結末です。会社側から見れば、長年の経験を積んだ人材が突然離れてしまうのは大きな損失ですし、本人にとっても自分の価値を見失うことは深刻な問題です。
私自身、これまで10年以上、コンサルタントや研修講師として多くの企業を見てきましたが、ミドルシニア世代の育成に本腰を入れている会社はまだまだ少ないと感じます。実際には管理職の9割以上がプレイングマネージャーとして日々奔走しており、「教える」「導く」どころではなく、「自分が回さなければ現場が止まる」という切実な現実があるのです。
40代以上の方々が働き始めた1990年代から2000年代前半のビジネス環境と、現在の職場環境では大きく異なります。業務の進め方、組織の構造、顧客との関わり方、そして何よりもテクノロジーの活用度が飛躍的に変化しています。
にもかかわらず、ミドルシニア層がその変化に順応する機会は限られてきました。若手には研修やOJTが整備されている一方で、ベテランには「今さら教える必要はないだろう」という無言の空気があるのです。ですが、そうした姿勢が原因で、結果的に中間層の人材がアップデートされず、組織全体の成長を阻んでしまっているケースも見られます。
企業はこれから70代前半までの長期就労を視野に入れた組織づくりをしなければなりません。制度的には定年延長や再雇用といった取り組みが進んでいますが、実際の現場では「長く働いてもらうためのスキルアップの支援」が追いついていないのが実情です。
まず1つ目の理由は、ミドルシニア世代が持っている知見や経験を次世代に継承する役割が求められている点です。キャリアを重ねたベテランだからこそ、過去の成功体験や失敗体験、業務上のノウハウが豊富にあります。それを後輩たちに伝えることで、組織全体の底上げにつながります。
しかし、昔のように「背中を見て学べ」では伝わりません。今の若手は「なぜそうするのか」「どうやればできるのか」といった背景や手順を言語化して教えてもらうことを求めています。けれども、ミドルシニアの多くは「きちんと教える」経験を積んでこなかったため、いざ伝えようとしても言葉にできない、伝えきれないという壁にぶつかります。
だからこそ、教育する側のスキルとしてティーチングやコーチングの基本を学ぶ必要があるのです。経験を言語化し、伝える技術を習得することで、ミドルシニア世代が「ただのベテラン」ではなく、組織にとって欠かせない「育成者」として機能するようになります。
2つ目の理由は、業務の進め方や使用する技術が大きく変化していることです。とりわけITやデジタル技術の進化は目覚ましく、近年では生成系AIやクラウドツール、リモートワークシステムなどが仕事の中に急速に組み込まれています。
これらを使いこなすには、それなりのリテラシーが求められます。しかし、40代後半以降でPCやデジタルツールに苦手意識を持つ人は少なくありません。その結果として、若手に聞くのが恥ずかしい、または任せっきりにしてしまい、自分では何も扱えないという事態が起きています。
特にミドルシニアがプレイングマネージャーとして現場を回している場合、最新の業務フローに対応できないことは致命的です。そのため、デジタルスキルを再習得することが必要です。これは単なるIT講座にとどまらず、「自分の経験をどうデジタルと融合させて活用するか」という視点を育むことが重要になります。
3つ目の理由は、働くモチベーションの維持とキャリアの自立に関わる問題です。長く働く時代に突入した今、ミドルシニアにとっても「これから自分は何を目指すのか」を考える機会が求められています。
かつては、定年が55歳、その後60歳に延び、今では65歳がスタンダード、そして70歳、75歳まで働くことも視野に入れられるようになってきました。その間、ただ「役職についているから」「任されたから」では、やりがいや成長実感が得られません。
重要なのは、自分の成長を実感できる目標を見つけ、主体的にキャリアを描いていくことです。上から与えられた仕事をこなすだけでなく、「自分がどうありたいか」「どんな働き方をしたいか」といったビジョンを持つことが、長期的なモチベーション維持につながります。
このためにはキャリアデザインの機会や、1対1のキャリアコンサルティングなど、自分自身を見つめ直すサポートが欠かせません。
4つ目の理由は、多様な立場・役割への柔軟な適応力が求められている点です。近年では、定年後の再雇用や役職定年後の再配置などによって、ミドルシニアが一度管理職を外れ、プレイヤーとして活躍するケースも増えています。
そうした中で、組織内での役割は大きく変わり、リーダーとして牽引する立場から、若手をサポートする側に回ることもあります。また、ダイバーシティが進んだことで、性別、年齢、国籍、働き方など、メンバー間の違いも顕著になりました。
そのような中で、これまでのやり方だけではうまくいかない場面も増えてきます。価値観の異なるメンバーを束ね、対話を通じて合意形成を行う。時には衝突を防ぎ、信頼関係を築く。そのような高度な対人スキルがミドルシニアにも求められているのです。
こうしたスキルは、現場の経験だけでは習得しにくい部分も多く、体系的な研修を通じて身につけていくことが必要です。
5つ目の理由は、組織全体の競争力を維持・強化するためです。現在、少子高齢化が急速に進んでおり、若手人材の確保が難しくなってきています。多くの企業が「若手が採れない」「現場に回せる若手がいない」という悩みを抱えていますが、この状況は今後さらに深刻化することが予想されます。
今40代の社員が60代になる頃には、若手が「採れない」どころか「存在しない」というレベルに達する可能性もあるのです。そうなると、これまで若手が担ってきたような現場業務も、ミドルシニア世代が担当せざるを得なくなります。
それにもかかわらず、過去の経験に頼ったまま新しいスキルを習得せずにいたのでは、現場は回りません。だからこそ、ミドルシニア世代にも継続的に学び、変化に対応し、会社にとっての「戦力」として活躍できるような支援が必要なのです。将来的には、彼らが中心となって組織を動かし、新たなスタンダードが生まれていくことも視野に入れておく必要があります。
ここからは、具体的にミドルシニア世代の育成をどのように進めていくべきか、6つの視点から解説していきます。
まず1つ目は、現状を把握し、期待する役割を明確にすることです。
自社の40代、50代、60代の社員が今どのような業務を担っていて、どのような課題を抱えているのか。それを明確にすることがスタート地点となります。そして、その社員たちに今後どんな活躍を期待するのか、そのためには何が足りていないのかというギャップを把握することが大切です。
期待される役割が見えなければ、本人たちも漠然と仕事を続けるだけになってしまい、成長意欲を持ちにくくなります。だからこそ、まずは会社としての方向性と、その中での一人ひとりの役割を言語化して示すことが必要なのです。
2つ目は、複線型のキャリアパスを設計することです。
従来のように、管理職になることだけがキャリアアップではありません。専門職としてプレイヤーとしての道を進むことも選択肢の1つです。また、役職定年後や再雇用後にも新たな役割を用意することも重要です。
例えば、指導役としてのポジション、後進育成のためのメンター制度、業務改善をリードするプロジェクトチームのリーダーなど、年齢や立場に応じた柔軟なポジション設計が求められます。
社員が「自分にはこれからどんな選択肢があるのか」が分かっていない状態では、将来への不安が募りモチベーションは低下します。その不安を払拭するためにも、キャリアの地図を示すことが必要なのです。
3つ目は、実際の能力開発に向けたリスキリングやアップスキリングの実施です。
リスキリングとは、新たなスキルを学び直すことで、これまでの職務では必要なかった領域にも対応できるようになることを指します。特にITスキルやDX推進に必要な知識は、今後のビジネスにおいて必須です。
アップスキリングは、現在のスキルをさらに深めること。これにはマネジメント力やコミュニケーション能力、プレゼンテーション、問題解決力といったベーシックなビジネススキルも含まれます。
重要なのは「今さら勉強しても遅い」という考えをなくすことです。働く期間が長くなった今、40代や50代はまだまだ「伸びしろのある人材」として育てていく対象なのです。
4つ目のアプローチは、学んだ知識やスキルを実務で活かす「実践型の学び」を取り入れることです。ミドルシニア層に対して単発の座学研修だけを行っても、実際の行動変化にはつながりにくいというのが現場での実感です。
たとえば、部下育成をテーマとする研修であれば、実際に後輩社員を指導・育成するプロセスの中で、研修で学んだティーチングやコーチングの技法を実践してもらいます。職場内でのフィードバックや振り返りの機会を設けることで、学びを行動に変え、成果として定着させていくのです。
また、職場の課題を解決するプロジェクトを任せ、チームで進めていくという形式も効果的です。これは自律性と責任感を高めるだけでなく、メンバー間の協働やリーダーシップの発揮、問題解決力の強化にもつながります。
当社が実施している「自律型人材育成プログラム」でも、こうした実践的な仕掛けを用意しています。例えば「週間チャレンジコース」という形式では、毎週小さな目標を設定し、それを一週間の業務の中で実行してもらいます。翌週には振り返りを行い、学びを共有します。こうしたサイクルを繰り返すことで、主体的に動く姿勢が自然と身についていくのです。
5つ目は、ミドルシニア世代自身の「キャリア自律」を促すことです。
これまでのように、会社が用意したレールの上を歩くだけのキャリアではなく、自分で自分の未来を設計していくという姿勢が求められます。特に40代・50代になると、キャリアの「後半戦」をどう設計していくかが非常に重要になってきます。
ここで効果的なのが「キャリアデザイン研修」や「キャリアコンサルティング」です。自分がどんな価値観を持ち、どんな仕事にやりがいを感じるのか。これまでの経験をどう整理し、これからの10年20年をどう働いていきたいのか。そうした問いに向き合う時間を設けることで、本人にとっても会社にとっても、意義あるキャリアの再構築が可能になります。
また、研修だけでなく1対1で行うキャリア面談やコーチングの導入も非常に効果的です。誰かに話しながら考えることで、自分の本音や方向性が明確になる人も多くいます。
そして6つ目、最も重要なのが「経営層や管理職を巻き込む」ということです。
研修や育成施策をいくら丁寧に設計しても、組織上層部がその重要性を理解せず、関与もしないようであれば、現場には根付きません。「人事が勝手にやっている」「また勉強会か」と受け取られてしまっては、どれだけ質の高い内容でも意味をなさなくなるのです。
たとえば、研修冒頭で上司がメッセージを伝える、または終了後に評価やフィードバックの場を設けるだけでも、参加者のモチベーションは大きく変わります。加えて、研修の狙いや背景をマネジメント層にしっかり伝え、育成施策が経営方針とつながっていることを理解してもらうことも欠かせません。
組織の学びを継続的なものにするためには、経営トップや管理職が「学び続ける文化」の体現者であることが重要です。従業員にばかり変化を求めるのではなく、自らも変わる覚悟を示すことで、はじめて育成の連鎖が生まれるのです。
今回は「ミドルシニアにこそ教育研修が必要な5つの理由」というテーマでお話をしてきました。
人材育成というと、どうしても新入社員や若手社員に目が向きがちですが、今や企業にとって本当に重要なのは、40代、50代、60代のベテラン層の育成です。彼らがこれからも現場の第一線で活躍し続けられるように、必要なスキルを再習得し、自分自身のキャリアを描けるよう支援することが、企業の持続的成長に直結します。
強い組織とは、学び続ける組織です。どの世代にも「今のままでいい」という状態はありません。環境の変化が激しい今だからこそ、全社員が変化への対応力を持ち、アップデートし続ける仕組みが必要です。
ぜひこの機会に、ミドルシニア世代に対する育成施策を見直し、未来に向けた組織の競争力を高めていく一歩を踏み出していただければと思います。
本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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