DXなんてしなくていいからデジタル化して

先日、地元の信用金庫で会社の口座を作成しました。お世話になっている方からご紹介をいただき、8月下旬に口座開設を申し込み、はや2ヶ月以上が経過。なかなかスケジュールの都合がつかずに行けなかったこともあるのですが、ようやく開設です。

口座開設にあたって驚いたのが、記入する書類の多さ。口座申込、キャッシュカード申込、定期預金申込など何種類もの書類すべてに、会社名、代表者名、住所、電話番号を手書きで記入。中には1枚の書類の中に同じことを2箇所も3箇所も記入しなければならないものまでありました。なぜこのような仕様になっているのか、理解しようと努めましたが、どうしても理解できません。

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株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング
代表取締役 小松 茂樹
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たった1時間の間に、書き損じも含めると少なくとも10箇所以上にこれを記入。何度も同じことを繰り返し書くので、集中力が低下して後半は書き間違えもしばしばでした。口座を作らせていただいている身なのであまり悪く言いたくはないですが、あまりにアナログで非効率な作業の多さに、すっかりうんざりしてしまいました。思わず担当窓口の営業の方に愚痴ってしまいましたが、彼も前時代的だと認めつつも「上が決めてくれないと、一向に変わらないんですよね」と困り顔。ああ、そうだよなぁ。だからオレは勤め人を辞めたんだよなぁと、つくづく思ってしまいました。気の毒です。

口座開設に2ヶ月もかかったのは、マネーロンダリング対策のため審査が厳しくなっているからだと理解はしておりましたが、もしかしたら単純に事務処理、情報処理の効率が悪いことも起因しているのではないかと疑ってしまうほどです。おそらく、この一連の手続きは過去30年、もしくはそれ以上昔から変わってないのではないかと思います。

しかし、一方でほぼ同じような手続きを、デジタル技術を用いてはるかに速く、効率的に済ませることができるネット銀行もあります。つまり、技術的に不可能ということではなく、単に変える必要性を認識せず、変えようとする意識を持っていないだけだということです。変わらないのは、変わらなくても「なんとかなっているから」です。しかし、たとえ今はまだそれで良くても、やがて時代の進化とともに、なんとかならなくなる時が来ます。そして、その時には周囲の環境はすっかり様変わりしていて、時すでに遅しで取り返しのつかないことになっている可能性もあります。

優れたデジタル技術があるのに使われない

会社を設立する段階では、銀行口座は一つあれば十分だと考えていました。しかし、想定していた以上に審査に時間がかったため、取引先から売掛金を入金していただくのに口座開設が間に合わず、PayPay銀行(旧:ジャパンネット銀行)で別の口座を作成しました。申込は非常に簡単で、ほぼネット上で手続きが完結。会社の書類をいくつか添付しなければならないため、最終的には郵送が必要になりましたが、手書きで記入するものなどなくすべてデータ入力。会社名や住所などは一度入力すれば、その後の手続きでもずっとそれがコピーされるため、当然ながら何度も同じようなことを書く(入力する)こともありません。おそらく15分程度で申込が完了したかと記憶しています。審査も数日で完了し、1週間以内にはキャッシュカードが手元に届いたので、あまりの早さに感動すら覚えたほどです。

ネット銀行なので当然ながらはじめからインターネットバンキングです。現金化する以外のすべての操作が自宅から行えます。インターネットバンキングを利用するのに、別途の申込が必要になることもありません。口座番号が通知されてからすぐに取引をはじめることができました。いっそのこと、こちらをメインバンクとして使おうかと考えたほどですが、厚生年金の口座振替など主に公共領域ではまだネット銀行が利用できない場面も多く、どうしても旧来の銀行や信金の口座が必要になります。加えて、ステータスという面でもまだまだネット銀行の位置づけは低く、旧来の銀行や信金の口座を持っていないと企業としての信頼性が低くなる(怪しまれる)面も否めません。

したがって、利便性を考えたら圧倒的にネット銀行が優位なのですが、社会のシステムや意識ががまだネット銀行に寛容になっていない点から、どうしても旧来の銀行や信金を選択せざるを得なくなる面があります。そして、それと引き換えに、非効率な事務手続きを受け入れざるを得なくなるのです。もし旧来の銀行や信金がネット銀行並みの利便性を兼ね備えたら、それこそネット銀行が脅威にならなくなるくらいなのに、なぜここが一向に進まないのか。ただただ疑問でなりません。変わらなくても「なんとかなっている」から前例踏襲で良しとする、現状維持バイアスの罠に囚われている一例だと言えるでしょう。

銀行以上に、行政での事務作業の非効率さはひどいです。今年は個人事業主としての独立、家庭の引越、会社の創立とが続いたこともあり、幾度となく市役所や税務署、社会保険事務所へと書類を提出しました。ほぼすべてが紙への手書きでハンコを押すものばかりで、当然ながら提出は窓口への訪問が必要で、せいぜい郵便で送れればマシな方。インターネットでの手続きなど夢のまた夢です。データ入力でできるものがあったとしても、せいぜいがPDFファイルに入力フォームを埋め込んで入力できるようにしてあるくらいで、使いづらいことこの上ないし、最後は結局印刷して窓口に持っていかねばならない。

こんなことに時間を取らせるくらいなら、それを仕事する時間に当てさせてくれた方が、その分売上利益を上げて、納税で還元して差し上げられるのにとすら思います。数年前にOECD諸国の中で、日本の労働生産性が中の下だという不名誉な順位に位置付けられましたが、今どきこんなシステムで情報処理をしていれば、それはそうなるわと嘆くばかりです。古い慣習とシステムが労働生産性を著しく低下させ、その結果として国がどんどん貧しくなるのです。

DXなんて必要ない

失われた30年で経済成長が低迷し、相対的に日本の位置づけはどんどん低くなっています。一人当たりGDPで考えれば、いまや韓国にも劣るほどです。もう何年も働き方改革と騒いでいるわりには、議論が加熱して動きを見せているのは専ら労働時間や休暇の話ばかりで、本質的に労働生産性を上げることが傍に追いやられているように思います。

経済を立て直すのは実はそんなに難しい話ではなくて、「事業の本質ではないことに要する労力や時間を極限まで削減して、付加価値を生み出す行為に資源を集中投下する」ことだけです。必ずしも必要のない書類作成、メール、会議などを削減して、その分だけ企画、開発、マーケティングに注力すればまだまだいくらでも上げられる余地があります。そして、その大部分はすでに存在するデジタル技術を活用することで、すぐにでも実現が可能です。

近年のバズワードのひとつに「DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)」があります。ウメオ大学のエリック・ストルターマンが「ITが浸透することで、人々の生活がより良くなる」と提唱したことに端を欲する概念で、日本では2018年に経済産業省が競争戦略の重要な要因の一つとして挙げたことで広く普及しました。そして、ここ1〜2年はコロナ禍の影響でワークスタイル変革が余儀なくされるようになったことから、デジタル変革を象徴するバズワードとしてよく用いられています。

IT企業はもとより、私の同業者であるコンサルタントたちも、ここ1〜2年でやたらとDX、DXと叫んでいます。何かにつけては商品やセミナーにDXという言葉が用いられる始末で、各所でDXのバーゲンセールが多発しています。しかし、Transformation(トランスフォーメーション)というからには、本来は跡形も残さないくらいのダイナミックな状態変化を表すわけで、本当にデジタルによってトランスフォーメーションが起こるのであれば、組織からビジネスモデルまでまったく別物に生まれ変わることになります。いま市場で言われているDXのほとんどは「なんちゃってDX」であり、単に業務をデジタル化することをDXと呼び替えているに過ぎません。

私はしばしば講演や講義の中で「本気でDXしたいのなら、経営幹部を全員刷新し、現在の主力商材を捨てるくらいの覚悟が必要になる」と話しています。当然ながら、企業の経営陣がそれを良しとすることは極めて稀であるため、結局のところ本来の意味でのDXなどそうそう起こるものではないということになります。実際には、ほとんどの企業、組織では本来の意味でのDXなんて必要ありません。成功すればリターンも大きいですが、リスクも高過ぎます。下手をすれば会社を廃業に追い込む可能性すらあるわけで、よほどの必然性がなければすぐにそこまでやる必要はないのです。今すぐ必要なのは「業務のデジタル化」です。

トランスフォーメーションしなくていいから、デジタル化して

下図は福島良典さんのnoteから引用した「デジタル化のレベル診断」です。本来の意味でDXと呼べるレベルの変革は、ここいうLv.2→Lv.3を指すそうです。すなわち、すでにデジタル化されている業務を、人工知能や大容量データ処理技術を使用して自動化していく取り組みを指すわけで、そのためには当然ながら前提として業務がすでにデジタル化されていることが必要になります。

出典:福島良典氏のnote「LayerXはブロックチェーンの会社じゃありません、という話」(2021年8月18日)

しかし、実態としては多くの場合Lv.2になっていればまだ良い方で、現実はLv.1の段階すら越えられていません。手書きの紙、郵送、窓口訪問なんていうのは論外であり、せめてPDFとメールですが、それすらもはや時代遅れと言っても良いでしょう。電子メールもPDFも20年以上前からありました。紙の書類と郵送に至っては数百年前からあるわけです。失われた30年は単に経済成長が止まっているだけではなく、仕事の進め方やツールも何十年も止まったままなのです。

決して喜ばしいきっかけではありませんでしたが、コロナ禍は仕事のデジタル化を進める大きな追い風となりました。いまデジタル化を進めなくて、いつやるのでしょうか。幸い、私は顧客や取引先にも恵まれて、自宅でほとんどの仕事が完結できるようになりました。研修案件は8割方zoom配信です。電子メールすら書くのが時間のロスなので、頻繁に連絡を取り交わす方にはslackで連絡を取り合うように協力いただいています。おかげで、週の半分以上は一日三食を家族と一緒に取れていますし、子供たちとお風呂にも一緒に入れています。コロナ前に比べると家族と過ごす時間が数十倍にもなりました。もちろん、起業したことで自由度が上がったことは大きいですが、組織に勤めていても個人レベルでできることはまだままだあるはずです。

手書きの紙、印鑑、郵送、窓口。これらをデジタル化するだけでも、労働生産性は大きく向上します。生産性が上がるということは、それだけ収益が上がるわけで、所得が上がることにつながります。長引くデフレは政策の要因ももちろんあるでしょうが、それ以上にデジタル化の遅れが与える影響の方が大きいのではないでしょうか。デジタル化は民間レベルでそれぞれの組織、個人が勝手にできることです。事務処理にかかる労力をデジタル技術によって極限まで圧縮し、その分、何かを考えたり、人と対話したりする時間を増やすことが、社会をより豊かにすることにつながるのではと私は考えます。

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

  

投稿者プロフィール

小松 茂樹
中小企業診断士・キャリアコンサルタント。株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング代表取締役。人材派遣会社、健康食品会社を経て、経営コンサルタントに転身。営業力強化・業務改善・生産性向上・ビジネススキル向上など幅広い範囲で、業績向上や人材育成の支援を行っている。理論的な背景と情熱的な語り口を交えた講演スタイルに定評があり、セミナーや研修で高い支持を得ている。

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