焦点のあて方次第で、幸せにも不幸にもなる(前編)

もし、今この瞬間から、幸せになる方法があるとしたら…

 

今日は、昨日のテーマだった「意味づけ」に関連して、「焦点のあて方」について書いてみます。

焦点のあて方というのは、要するに「物事の見方」です。自分の内外の環境に対し、どのように焦点をあてるかによって、状況はまったく変わらないのに、人は幸せにも不幸にもなる、というのが私の考えです。

事実は同じでも捉え方は違う

例えば、忙しい職場の中で一人だけ、毎日のように早く帰る人がいたとします。

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その人に対して、どのような印象を抱くでしょうか。

A.毎日早く帰るなんて、よっぽど仕事ができるんだろうなぁ
B.毎日早く帰るなんて、よっぽど仕事にやる気がないんだろうなぁ
C.毎日早く帰るなんて、よっぽど仕事がないんだろうなぁ

同じ人間の同じ行動を見ていても、このように印象が異なることがあります。

これが「物事の見方」です。

事実はたった一つなのに、見方によって相手に対する印象は大きく異なります。その人はただ「毎日早く帰る」というだけなのに、見る人によってまったく異なる捉え方をすることになるのです。

この違いはどこから出てくるのでしょうか。

感情が物事の見方を左右する

上記の例は、「相手のどういう点に目を向けるか」で自分の解釈が異なることを如実に表しています。

A.よっぽど仕事ができるんだろうなぁ
→その人の仕事の段取りや能力に焦点をあてている

B.よっぽど仕事にやる気が無いんだろうなぁ
→労働時間の長さに焦点をあてて、仕事の意欲を見ている

C.よっぽど仕事がないんだろうなぁ
→労働時間の長さに焦点をあてて、仕事の量を見ている

同じ事象であるにもかかわらず、その人をどのように見るかによって、自分なりの捉え方が大きく変化するのです。これが「焦点のあて方」です。

もっとシンプルに言うならば、上記の例は

A.好意的に見る
B.否定的に見る
C.客観的に見る

と言うこともできます。

・その人を好意的に見れば、能力の高さや段取りの上手さに着目できます
・その人を否定的に見れば、仕事の意欲がないだろうという解釈(決めつけ)が生まれます
・その人を好きでも嫌いでもなければ、労働時間の長さ=仕事の量という、定量的で一般的な捉え方をします

つまるところ、これは

・好きか
・嫌いか
・どちらでもないか

ということなのです。すなわち物事の見方というのは、自分の「感情」に起因すると言うことができます。

ある物事をどのように捉えるかというのは、自分がそれに対して

・どういう感情を抱き
・どこに焦点をあてて
・どのように解釈するか

によって変わってくるのです。

私達は日々の生活の中で、周囲にある様々な物事を無意識にこうして見ています。自分では事実を見ているつもりでも、必ずそこには自分なりの感情、焦点のあて方、解釈が影響しています。

であるならば、自分が幸せであるか、幸せでないかということでさえも、無意識でのこういう物の見方に左右されているのではないかと、私は考えました。

つまり、意識的に好意的な見方をすることによって、今この瞬間から幸せを感じることができるのではないかと思うのです。

 

 

次回に続きます。

  

投稿者プロフィール

小松 茂樹
中小企業診断士・キャリアコンサルタント。株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング代表取締役。人材派遣会社、健康食品会社を経て、経営コンサルタントに転身。営業力強化・業務改善・生産性向上・ビジネススキル向上など幅広い範囲で、業績向上や人材育成の支援を行っている。理論的な背景と情熱的な語り口を交えた講演スタイルに定評があり、セミナーや研修で高い支持を得ている。

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