論理的思考による問題解決の限界(デザイン思考が求められる背景)

先日、ある企業様で自身初テーマの講座を担当させていただきました。テーマは「デザイン思考」。イノベーションを引き起こすための思考法として、近年注目を集めているスキルです。

取引先様からのご要望にお応えして実施したものだったのですが、なにせもともと私に心得があった領域ではなかったため、この日に備えて1ヶ月以上にわたり書籍、セミナー、動画などから情報を集め、勉強して臨みました。久しぶりに、終了後に脱力して立ちすくむほどだったのですが、挑戦して良かったです。今回のお仕事をきっかけに、この素晴らしい考え方を自らも学ぶ機会をいただきました。

講座を終えてみた感想として、オンライン化&デジタル化が加速するこれからの時代において、このデザイン思考はあらゆる人に求められるスキルの一つになるのではないかと思いました。今回は、デザイン思考が求められている背景についてお話いたします。

(デザイン思考そのものについては、専門家の方々がいろいろな情報発信をなさっているので、そちらをご参照ください。私のようなにわかが説明するよりもよっぽど良いものへ、インターネットで容易にアクセスできます)

生物としての感覚器が鈍り続けている

デザイン思考の祖である、世界的デザインコンサルティング会社IDEOの創始者デビッド・ケリーによれば、デザイン思考とは「イノベーションを生み出す、人間中心のアプローチ」と定義されます。

事象に焦点をあてる従来型の問題解決ではなく、人間の感情や体験に焦点をあてることで問題解決に創造性を加えて、イノベーションを引き起こそうという考え方です。そして、創造性を発揮するために、デザイナーの思考やツールを活用するのがデザイン思考のねらいだと言えます。

IT革命以降、私たちは情報処理能力を飛躍的に高め、仕事の生産性を大きく向上させてきました。その結果、ビジネスの利便性や効率性が急激に高くなった一方、仕事の進め方は言語・数学・論理といった分析的なアプローチに一段と偏ることになり、感覚や感情といった直感的なアプローチが軽視されることとなりました。

ITテクノロジーの進化と経済のグローバル化により、私たちは良質な商品やサービスを低価格で得ることができるようになり、物質的な豊かさはかなりの領域で満たされるようになりました。その一方、経済性を追求した結果、商品やサービスは画一的になり、コモディティ化(どこの商品・サービスも似たり寄ったりになること)が進んでいます。

つまり、暮らしは便利になった一方、誰もが同じものを食べ、同じようなものを着て、同じようなことをするようになったということです。もちろん、それでも選択肢は十分すぎるほど広いのかもしれませんが、商品やサービスの独創性が失われ、差別化が難しくなっています。別の言葉で言えば、「どこのメーカーで買っても同じ」ような感じになってしまっていると言えます。

その背景として、商品やサービスを生み出す側の感性・創造性が失われていることが考えられます。今やオフィスで働くほとんどの人が、Outlook、Word、Excel、PowerPointといったOfficeソフトや、Teamsやslackなどのオンラインプラットフォーム、zoomなどのオンラインミーティングに向き合って朝から晩まで過ごしています。同じ場所で、同じ姿勢のままで一日を過ごすのです。

加えて、スマートフォンで実に多くのことができるようになり、一日の大部分を仮想空間の中で過ごすようになりました。自然、物質、生身の人間といった「現実のもの=現物」に触れる機会は減り続け、デジタル化された映像、デジタル化された音声に囲まれて生活しています。身体を動かすのはせいぜい、キーボード入力、マウス操作、タッチパネルのタップやフリックです。生物としての感覚器がどんどん鈍り続けていると考えることができます。

論理的な問題解決の限界

言語・数学・論理の分析的アプローチ、すなわち左脳を用いた問題解決は、私たちの生活をとても便利にしてくれました。論理的思考はビジネススキルの基本として位置づけれるようになり、様々な商品・サービスの生産や販売に必要不可欠な前提となりつつあります。

もちろん、その側面は否定するものではなく、これからも論理思考力は求められ続けていくと思いますが、一方で論理的思考の限界にも向き合う必要があります。左脳的な分析的アプローチで満たせるのは、「人のニーズ」のすべてではないからです。

人間の根源的な欲求は、究極的には

  • 痛みを避ける
  • 快楽を追求する

という2つに集約されます。したがって、ビジネスとは

  • 問題を解決する(=痛みを避ける)
  • 感情を満たす(=快楽を追求する)

のいずれかのアプローチで、人のニーズを満たす行為だと言い換えることができます。例えば、

  • 「お腹が空いた」という問題を解決するために、「食べ物を提供する」
  • 「髪の毛が伸びた」という問題を解決するために、「散髪をする」
  • 「体調を崩した」という問題に対して、「薬を提供する」

これらは問題解決アプローチでの価値提供です。一方、

  • 「親しい人と楽しい時間を過ごしたい」というニーズに対して、「飲食の場所や機会を提供する」
  • 「日常から離れて、気分を変えたい」というニーズに対して、「アミューズメントや旅行を提供する」
  • 「将来が不安だ」というニーズに対して、「保険や金融商品を提供する」

これらは、感情充足アプローチの価値提供です。

とはいえ、実際には人のニーズはもう少し複雑です。なぜなら、人は問題解決と感情充足の両方をともに果たしたいと考えるからです。

例えば、食べ物に対しても「美味しいものを食べたい」「雰囲気の良いところで食べたい」「他人と楽しく食べたい」というニーズがあるでしょうし、薬を飲むにしても「苦くないもの」「面倒くさくないもの」が良いと思うでしょう。あるいは、「悩みを聞いてほしい」といったカウンセリングやセラピー、占いなどへのニーズは、問題解決と不安解消の両方のニーズを満たそうとするものです。

つまり、人間の「真のニーズ」とは「気持ちよく、問題を解決したい」という欲求なのです。これを満たすためには、問題解決と感情充足の両方を同時に果たそうとするアプローチが必要です。

しかし、IT化・デジタル化によって急激に進化した言語・数学・論理の分析的アプローチでは、問題解決側面に訴求することはできても、感情面に訴求するのは困難です。合理化・効率化が進めば進むほど、問題解決はより無機質なものになっていきます。

人の「真のニーズ」を満たすためには、問題解決にも人が喜び、楽しみ、ワクワクするようなアプローチが必要で、そのためには感情・感覚・創造性・芸術といった右脳による直感的なアプローチを活用していくことが求められます。

したがって、これからのビジネスには左脳と右脳の両方を用いて問題解決と感情充足の両方を果たすことが求められます。そして、デジタル生活に傾倒している私たちは、左脳に比べて右脳がすっかり鈍ってしまっています。普段使わなくなってしまった、私たちが生まれながらに備えている様々な感覚器を再稼働させ、感性を研ぎ澄ましていくことが必要なのです。

様々な感覚器を使おう

人間には様々な感覚器が備わっています。

  • 視覚(目)
  • 聴覚(耳)
  • 味覚(舌)
  • 嗅覚(鼻)
  • 触覚(手足など)

これらを総称して「5感」と呼ぶわけです。

(加えて、「第6感」と呼ばれる存在があります。私の解釈では「直感」がこれに相当します。外界の刺激と内界の感情が引き金になって、記憶と情報の貯蔵庫である潜在意識から、顕在意識に対して自律的な情報発信が行われる現象であり、これが最も「人間らしい」感覚ではないかと考えています。第6感は現実空間には存在しませんが、情報空間上に存在して、5感を通じて収集した情報によって絶えず再構築されていると捉えています)

現代人の生活では、使用する感覚器がかなり限定されてしまっています。前述の通り、視覚や聴覚は使用していますが、パソコンやスマートフォンを通じてデジタルの映像や音に触れる割合が非常に高くなっており、現実空間との接点がすっかり減ってしまっています。

食事は取るので味覚の刺激はありますが、「ながら食事」をすることで意識が散漫となり、刺激から受けとる情報が減ってしまいます。毎日のように朝から晩までオフィスでPCと向かい合う生活をしていると、嗅覚が刺激される機会は著しく少ないです。また、同じ姿勢でずっと過ごしているので、手以外の骨格や筋肉はほとんど動かず、手もキーボードとマウスの範囲で限定的に指が動いているだけです。

こんな生活を続けていたら「感じる力」が鈍るのは当然かもしれません。デジタル化が進めば進むほど、物事が合理的に、生活が便利になる一方で、人間はどんどん生物としての「感覚」が鈍っていきます。新型コロナウィルスの影響でリモートワークが増えたり、巣ごもり生活になることで、ますますこの傾向が加速していくことになるでしょう。

オフィスから外に出て、いろいろなものに触れ合いましょう。見る、聞く、食べる、飲む、嗅ぐ、そして歩く。いろいろな感覚器を刺激することが、創造的なアイデアを生み出すことにつながります。

考えるという行為は、特定の課題に対して、潜在意識にある記憶と情報を新たに組み合わせて、「答え」という別の情報を作り出すことです。このプロセスは自分の意思で必ずしもコントロールできません。机の上で、分析的アプローチでパソコンを操作しているだけでは、アイデアは生まれないのです。

潜在意識は24時間365日動き続けています。ひとたび短期記憶に「お題」がセットされれば、たとえ自覚している意識(顕在意識)で考えるのをやめてしまったとしても、潜在意識は引き続きそのお題に対して考え続けてくれています。

そして、潜在意識が導き出してくれた答えを得る(自覚できるようにする)ためには、様々な感覚器を動かすことによって自我の境界(顕在意識と潜在意識の境目)を揺さぶり、情報が顕在化される「思いつく」という場面を作ることが必要です。ずっと考えても出てこなかったアイデアが、朝目覚めた時、排便した時、入浴した時などにふと思い浮かぶように感じるのは、催眠覚醒や排便、入浴などの行為が自我の境界線を崩しやすい状態を作るからです。

意図的にこの状態(インスピレーションを得ると言います)を作り出す上では、「違うことをして時間を過ごす」ことが効果的です。身体を含めた様々な感覚器を動かすことが、独創的なアイデアを導くための有効な手段です。これを別の言葉で「気分転換」と呼びます。まさに、私たちの先人が古くから用いてきた「知恵」だと言えるでしょう。

散歩は最も手軽にできる「気分転換」です。空間を変えることで、嗅覚や触覚、肌感覚をも含めた様々な感覚器から、異なる刺激を得ることができます。これがアイデアを生み出すことにつながります。何かを食べたり、飲んだりするのも良いし、誰かと話をするのも良いでしょう。ただし、できるだけ「現実のもの=現実」に触れることが有効です。スマホでは気分転換としての効果は乏しいです。

働きながら暮らし、暮らしながら働く

きっかけは新型コロナウィルスの感染拡大という決して喜ばしい出来事ではなかったですが、それを引き金にして、ようやくリモートワークが一般に普及するようになりました。リモートワークの最大の利点は、働く時間と空間を自由に選択できることです。働ける時に働き、休める時に休む。気分が乗る時に働き、乗らない時は休む。煮詰まったら仕事から離れてみる。これが、創造的に物を考えて、限られた時間で効果的に成果を上げるための秘訣です。

にもかかわらず、リモートワークのメリットを台無しにしているケースをしばしば耳にします。リモートなのに、始業時間や就業時間が厳密に定められていて、その時間中はずっと着席してPCを起動していなければならないという謎のルール。こんな制約された環境下で、脳がクリエイティブに働くわけがありません。ますます分析的アプローチに偏り、思考が硬直化し、アイデアが貧相になります。気分も滅入ってきます。

オンライン化・デジタル化が加速し、単純で定型的な業務は機械が代わりにやってくれる世の中に、どんどん進み続けていきます。人間がやることは「人間の相手をすること」「創造的な発想と意思決定をすること」に集約されていきます。すなわち、創造的思考力と人間性が、ビジネスのコアスキルになる時代が来るのです。

前述の通り、創造的な発想には「気分転換」が必要であり、また短期的に、意図的にできるものではありません。長い時間をかけてアイデアを熟成し、いつ収穫できるかわからないような中で、様々なプロジェクトを同時進行的に発案し、企画し、実行し、管理していくようなスタイルになります。

私たちは「職業人」としての一面と「生活者」としての一面の両方を兼ね備えています。両方とも自分であり、どちらも大切です。そして、今後は職業人としての過ごし方が必ずしも「時間」という区切りでコントロールできなくなってきます。

良いアイデアが出てこない時はどれだけ考えても仕方がないので、仕事を離れて別のことをやっていた方がむしろ良いです。一方、良いアイデアがとっさに出てきたら、今すぐ仕事を再開するチャンスです。これからの時代は、仕事と私生活が明確に分かれるようなものではなく、「働きながら暮らし、暮らしながら働く」といった両者不可分な生き方になっていきます。

就業時間、休暇、通勤・出社といった従来の考え方では「良い仕事」ができない世の中になっていきます。意識面、制度面、法律面などさまざまな課題がありますが、創造性や人間性を最大限に発揮した仕事をするようにするためには、いまの世の中の前提や行動原理から、様々なものを変えていく必要があるのではないかと思います。

本日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

  

投稿者プロフィール

小松 茂樹
中小企業診断士・キャリアコンサルタント。株式会社ビジネスキャリア・コンサルティング代表取締役。人材派遣会社、健康食品会社を経て、経営コンサルタントに転身。営業力強化・業務改善・生産性向上・ビジネススキル向上など幅広い範囲で、業績向上や人材育成の支援を行っている。理論的な背景と情熱的な語り口を交えた講演スタイルに定評があり、セミナーや研修で高い支持を得ている。

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